我は魔王


  我は魔王。魔界生まれの魔界育ちである。顔色が悪いが何処か病気か? などというジョークは不要だ。青白いの顔も、とんがった耳も、生まれつきのものである。

 

 今は精鋭の魔人と魔獣の大軍勢を率い、この世界を征服するために戦っている。人間の抵抗は激しい。そして人間の国を守る騎士や魔道師は確かに手ごわい。しかし、我が配下の三魔将やら四天王やらが必ずや蹴散らしてくれよう。

 

 とはいえ、いくら魔族の幹部たちとはいえ、精神のケアが大切である。

 

 でないと、勇者が現れて敗北したら、魔族を裏切って人間の――勇者の仲間になりかねないからだ。

 

 残念ながら、配下の魔族に勇者側に寝返られた魔王は数多い。

 

 我の勝手な想像ではあるが、おそらく、普段から高圧的に振る舞っていたり、些細な失敗をヒステリックに怒鳴りつけたり、自由な裁量を与えなかったり、人間を必要以上に虐殺させたりして、部下を追い込んでいたのであろう。

 

 我は、そのような失敗をするほど愚かな魔王ではない。

 

 さて、問題は勇者である。

 

 勇者、勇者、勇者!

 

 何度聞いても忌々しい。

 

 しかし、勇者に敗れ去り散って行った多くの魔王の話を聞けば、勇者打倒のコツが見えてくる。それは、対勇者の戦略で最も重要なのは、戦力の出し惜しみをするなということだ。

 

 勇者のパーティはたいてい少人数だ。

 

 それなのに一旦痛めつけておきながら回復を待ってから攻撃するなど愚かなことだ。敵が弱っている時こそ打撃を加えるのがコツである。

 

 と同時に、戦力の逐次投入は拙い。それでは、たとえ最終的に勇者を倒せたとしても、こちらの損害も非 常に大きなものとなってしまうだろう。戦力の機動と集中。兵法の基本こそが、勇者に対しても最強の戦法たりえるのである。

 

 勇者と同時に警戒せねばならないのが最高幹部の裏切りである。

 

 ナンバー2などに謀殺された魔王のケースは意外と多い。

 

 だから我は、部下たちの情報も把握し、裏切りなど考えないように引き締めを図ると同時に待遇をよくすることも忘れない。いわば、アメとムチを使い分けているのである。

 

 幸い戦線から寄せられる情報からは裏切りの兆候はない。勇者が現れる気配もない。全ては順調である。我はただ、玉座にふんぞり返っておればよい。順調というのも、何とも退屈なものだ。

 

 そんな我にもちゃんと夢と言うか目標と言うか、そういったものがあるのである。

 

 それは何か……。

 

 世界征服? いや、それ違う。世界征服はやらなければならないこと、なのだ。夢とかではない。それこそが魔王の存在意義に他ならぬ。別に世界を征服して何かやりたいことがあるわけではないが、人間を皆殺しにするもよし。奴隷にして死ぬまでこき使うもよし。美女ばかりを集めてハーレムを作るというのも、魔王としてはやや品性に欠けると言わざるを得ないが、まぁアリだろう。しかし、それらは副次的なものである。征服こそが目的なのである。

 

 勇者を倒すこと? これは論外である。勇者など出てこない方がよいに決まっている。我が勇者と戦うのは、我が覇業に立ちはだかる敵を打ち倒す以外の意味はない。人間の言葉を借りれば降りかかる火の粉を払うためだけなのだ。

 

 そう我の究極の夢――それは……。

 

「魔王様!」

 

 配下の魔人が、玉座の間へと駆け込んできた。一通の書状を携えて。それは人間の王からの降伏を求める書状、などではなかった。我は魔人よりその書状を受け取ると震える手で開いた。

 

 その中には――。

 

『何をもたもたやっているんだ! さっさと片付けろ。テメーの軍団が一番遅れてるんだぞ。お前みたいな低能魔王は初めてだ! 大体にして……(以下略)』

 

 長い書状にびっしり書き込まれた罵詈雑言。我は思わず玉座から立ち上がると、最後まで読まずにぐしゃぐしゃに丸めてびりびりに破り捨てた。

 

 赤い絨毯が敷かれた床に叩きつけると地団太を踏んで叫んだ。

 

「ちくしょー! あの野郎! 前線の苦労も知らずに後方でふんぞり返っているだけのくせして偉そうにしやがって! いつかあの野郎を引きずり下ろして俺様が代わりにその椅子に座ってやるからな!」

 

 破り捨てた書状を踏みつけて中指を立てるポーズをとる我を見て、魔王だと思う者はおるまい、と思うと、ちと情けなくもなってくる。

 

 我は、そこに突っ立って怯えたような顔をしている魔人をぎろりと睨んで、

 

「さっさと持ち場に戻れ!」

 

 と、怒鳴りつけた。

 

 ビクッとして駆けだした魔人の背を見ながら、我は額を押さえて玉座に座る。いかんいかん。魔王は常に冷静沈着であらねば。

 

 そう……我は魔王。

 

 いつか、大魔王の椅子に座ることを夢見る哀しき中間管理職である。

  

 ≪fin≫

  

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