復讐するは彼にあり


「カワムラが出所したらしい」

 

 中学時代の友人から、そんな電話があったのは、日付が変わった直後のことだった。そのとき私は、少しだけブランデーを口にしていた。生来アルコールには弱い方なので、少し酔っていた。

 

「そうか・・・・・・」

 

 その言葉を聞いて、私はすぐに用件を察した。いわゆる口止めだろう。カワムラも私と同じ中学の出身だったが、同じクラスになったことはなかった。小太りで卑屈な目つきでいつも俯いて歩いている陰気な男、という印象はよく覚えている。

 

 中学生の頃、彼はいわゆる”いじめられっこ”だった。私が直接関わったものではないので、だったらしい、としか言いようがないが、相当に陰湿で、暴力的なものだったらしい。そして、事なかれ主義の教師の黙殺――いや、黙認によっていじめは助長され、エスカレートしていった。

 

 特に、中学3年時の担任の30代の女教師は酷かったらしい。3人の行動を見て見ないふりをしていたばかりではなく、自身も裏で相当ねちねちとやっていたらしい。家庭が相当うまくいっていないらしいというのは生徒の間にも知れ渡っていたので、ストレス発散のつもりだったのかもしれない。それでも、彼は最後まで学校は通っていた。不登校にならなかったというより、なれなかったのだろう。そこは気の毒に思う。

 

 卒業した後のことは私が知る由はない。ただ、いじめの中心にいた3人のうちの一人が、私の高校時代を通じて同じクラスであった。彼は、私に対しても、カワムラにした様々な陰湿ないじめを、あたかも勇敢な冒険譚であるかのように自慢げに話す様は私を含め、周囲を辟易とさせていたし、誰しもが距離を置いていた。本人は気づいていないようだったが。

 

 それはさておき、カワムラが動き出したのは、私が高校を卒業した4年後のことだった。カワムラが高校に進学したのか、その後どのような生活を送っていたのか、私に知る由はない。後の裁判記録をあたってみればわかるだろうが、別に私にそこまでの義理も興味もない。唯一私が知っていることといえば、そのころ――今から数えれば15年前にカワムラの両親が交通事故で死んだこと。その結果、彼に莫大な保険金が入ってきたこと、くらいだ。親が死んだことがきっかけか、莫大な軍資金が手には入ったことがきっかけか、とにかく奴は動き出した。復讐のために――。

 

 カワムラは、中学3年の時の担任への復讐を最初の始まりとした。もっとも、それは女教師の自業自得によるところも大きい。

 

 ホスト崩れの男に金を渡し、女教師を誘惑させたのである。相変わらず家庭崩壊状態だったが、仮面夫婦を装っていたらしい。どんな手を使ったかは知らないが、ホスト崩れに篭絡された女教師は、金を貢ぎ、離婚して結婚することまで考えた。ついに旦那に愛想をつかされ離婚して慰謝料を取られて放り出された、と聞く。

 

 事件と呼ぶには小さかった最初の復讐に対し、次の復讐は、警察も介入する事件となった。

 

 次の標的となったのは、カワムラをいじめていたクラスメートの中でも中心にいた3人のうちの1人。その中でも主犯格と言うべき男だった。彼にはすでに結婚をして娘もいた。妻は同い年、娘は当時5歳だと報道では伝えられた。カワムラは犯罪を何とも思わない人間を金で雇い、その一家3人を拉致し、彼を殺しはしなかったものの拷問を加え、妻を刈れと娘にはっきり見えるようにして強姦した。娘には危害は加えなかったと報道されたが、彼女の目の前でそれを全て実行したのだから、危害を加えないどころではなかっただろう。

 

 事件が表沙汰になったのは、その一部始終を納めた動画をカワムラは自分の手で彼の勤める会社に犯行声明とともに送りつけ、さらにはネットを通じて世間に公開したからだ。

  

 カワムラよりも、目の前で妻を犯されながら何もできなかった被害者の方が世間では嘲笑されることになったのが、カワムラの目論見の通りだったかわからない。しかし、カワムラはそのまま事件を発覚させないようにすることもできたはずなのに、わざわざ犯行声明を出してみせたのは、復讐がまだまだ続くことの証だったし、事実、裁判でカワムラは残りの2人にも必ず復讐する。制裁を加えると、言ってのけた。

 

 カワムラには強姦、傷害、逮捕監禁などの罪で、懲役11年の実刑判決が言い渡された。

 

 それから9年。刑期を多く残して出所したのは、カワムラが模範囚だったかららしい。復讐のことは口にせず、たんたんと作業をこなしていたカワムラだったが、決して復讐を忘れたわけではなかった。保護観察の期間を終えてカワムラは自由の身になると、すぐさま残りの2人の居場所を探し始めたのだった。

 

 電話をしてきた知人のところにも、カワムラから連絡があったらしい。しかし、カワムラの探している2人は裁判の後、忽然と姿を消したらしかった。今、居場所を知っている人間はごくわずかだ。

 

 実は、そのわずかな人間の中に、私も含まれる。先日、金の無心に来て、10万ほど渡したばかりだった。住民票を移動していないので、就業などにもいろいろ差し障るようだった。

 

「カワムラには、あいつらの居場所は知らないと言っておいた。実際に知らないしな。・・・・・・だが、この9年、あいつらも怯えて生きてきたんだ。もう十分罰は受けている。そうは思わないか」

 

「そうだな・・・・・・」

 

 知人は、私に対して「お前がもしもあいつらの居場所を知っていても絶対にカワムラには教えるなよ」と念押しをして電話を切った。

 

 私は、受話器を握ったまま、小さく息を吐き出した。電話の間中、私は吹き出しそうになるのをこらえるのに一生懸命だったのだ。

 

 電話があるリビングには、来客用のソファとテーブルが置かれていた。テーブルは透明なガラス版で、その上には二つのグラスが置かれている。その中にはブランデーが注がれ、氷が浮いていた。

 

 さっきまで、そのグラスに口を付けていた男のことを考え、ニヤリとした。

 

 それから、栓が開いたままのブランデーの瓶を持ち上げ、氷が溶けきっていないグラスに注いだ。

 

「下らない」

 

 私は小さく呟く。

 

 さっきまでここにいたカワムラが、自分たちをいじめた連中をどんな風に憎んでいようが、どんな風に復讐しようが、そんなことは私にとってどうでもいいことだった。

 

 逃げ回っているカワムラをいじめていた連中が、どんなに自分たちのしたことに後悔して、いつかカワムラが来る日を畏れて逃げ回っていたとしても、それも私にとってはどうでもいいことだった。 

 

 ただ・・・・・・。

 

「少しは、楽しませろよ」

 

 そう遠くない日にカワムラが復讐を遂げた報せか、逆に標的となっていたものが返り討ちにしたという報を、私は聞くことになるだろう。願わくば、それはできるだけ、センセーショナルで、猟奇的であってもらいたいものだ。

 

 ≪fin≫

  

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