再会


 朝日が昇る。いつも私は小高い丘の上に立ち、この町を見下ろしている。

 

 見下ろす先は大都会とは程遠い小規模な地方都市。出勤途中のサラリーマンや子供たち、車が忙しく走り回っているのが見える。

 

 町の南から北にかけて線路が通っていて、列車が入ってくると、線路の上を車輪が通り過ぎていく音が、ここまで聞こえてきた。

 

 この、町を見下ろせる丘の上には、誰も来ることがなく静かだったが、列車の通り過ぎる音を聞くと、ここまで町の喧噪に包み込まれていくような気がした。

 

 しかし、列車が町を離れていくと、再び町は遠ざかり、再び静寂が辺りを包み込む。

 

 静かだった。

 

 実際には鳥の鳴き声も、虫の羽音も、風に揺れる草木の触れあう音も、様々な音がこの場には満ちあふれているけれど、それでも、静かだ、と感じていた。

 

 私の足下には彼女が座り込んでいた。

 

 彼女は、不意に私を見上げると、はにかんだような笑顔を見せた。

 

 私たちは、よくこうして一緒に町を眺めた。別に何か互いに話すわけではない。しかし、私は楽しかったし満足していた。ただひたすら同じ時間を共有しているというだけで、私は十分幸福だったのだ。

 

*     *     *

 

 私と、彼女の出会いは戦国の世にまで遡る。

 

 その時、彼女は私が仕える国の姫君であり、私は何百人もいる家臣の一人だった。

 

 私たちは愛し合っていたが、時代と身分の違いという障壁は、容赦なく私たちを引き裂いた。

 

 姫君はさる大国の領主の元へ、政略結婚で嫁いでいったのだ。私は行くなと言えなかった。共に逃げようとも言えなかった。そんなことを言えば、姫様を苦しめるだけなのは分かっていたのだから。

 

 しかし、姫君が嫁いだ国はそれから1年とたたずに別の国に攻められ、あっけなく滅びてしまったのだった。

 

 姫君もまた、滅び行く国と共に、燃えゆく城と共に、運命を共にしたのだった。

 

 それからしばらくして、私たちの国もまた同じ国から攻められ、姫君の国と同じように滅んだ。

 

 私は力の限り戦った。姫君の愛した故郷を護ることだけが、私に残された唯一の絆であったが、それさえも叶わなかった。

 

 捕らえられた私は、敵国から家臣として仕える気はないかと問われたが、私はお断りだった。

 

 私は首を落とされたが、もはや姫君がいないこの世界に、何の未練もなかったから、それも本望だった。

 

 死ねば、あの世とやらで姫君に会えるかもしれぬ。生まれ変わって、姫君の生まれ変わりに出会うやもしれぬ。

 

 その執念が実ったのだろう。本来、起こりえぬことが起こり、私は再び現世へと生を受けたのである。

 

 かくして私は、輪廻の輪をくぐり、生まれ変わるたびに、姫君もまた生まれ変わっているものと信じて、彼女を探し続けた。

 

*     *     *

 

 戦国の世からは想像もできない太平の時代もあった。

 

 戦国の世とは違う血なまぐさい動乱の時代に生まれ合わせたこともあった。

 

 世の中がめまぐるしく変化していく時代に生きたこともあった。

 

 空から降ってくる爆弾の雨の下を逃げ回ったこともあった。

 

 しかし、彼女と巡り会うことはなかった。

 

*     *     *

 

 それは何度目の生であっただろう。

 

 次に生まれ変わったとき、私の目に映る私の景色は一面焼け野原だった。人々は途方に暮れながらも、生きていくために必死だった。

 

 私は、焼け野原に家が建てられ、道が造られ、人が集まり、町が復興していくのを、いつもこの小高い丘から見下ろすのが日課になっていた。時の流れにつれて、その動きは早くなり、そこが焼け野原であったことなど、誰もが忘れてしまうくらいの時間が過ぎた。

 

 町はかつての賑わいを取り戻し、すぐさまかつて以上に発展して大きくなっていった。

 

 いつしか私も、若いとは言えない年齢になっていた。そして、いつしか、彼女のことを捜しつつも、今度もまた彼女と再会できないのではないかという弱気な気持ちが、頭をよぎるようになっていた。

 

 諦めを覚え始めた頃、奇跡は起こった。

 

 それは、何の前触れもない唐突な再会だった。

 

 彼女は10才ほどの少女と一緒だった。そして、彼女は、その少女よりも、ずっと小さかった。

 

 私を見上げるその無垢な瞳は、吸い込まれそうなほど透き通っていた。あの時とは全く違う容姿だったが、透き通るように白く、とても美しかった。私はすぐに気づいた。この子こそ、姫君の生まれ変わりだ、と。

 

 彼女は、最初はあの少女と一緒に来ていたが、やがて一人でここを訪れるようになった。そして、お互い、何を語り合うでもなく、しかし、日が暮れるまで共に、そこで町を見下ろし、一日を過ごした。

 

 言葉は交わさなくとも、私たちは再び共に生き、同じ時間を共有していた。それは、私にとって、何よりの幸福であり、何百年かけて求め続けていたものだった。

 

*     *     *

 

 それからさらに時は流れた。

 

 季節は巡る。

 

 10回の桜と、10回の向日葵と、10回の紅葉と、10回の風花とを、私逹は共に眺めた。しかし、11回目の春になって、突然、彼女はここに来なくなった。

 

 梅の花を一緒に見ることはできなかった。

 

 桜の花も一緒に見ることはできなかった。

 

 彼女が再び訪れたのは、椿の季節も過ぎ、新緑が眩しい時期になってからだった。

 

 彼女は、以前一緒に来ていた少女――いや、幼かった頃の面影は残しながらも、美しい娘に成長していた――と一緒だった。

 

 彼女は、娘に毛布でくるまれ、抱えられていた。

 

「・・・・・・ここが、この子のお気に入りのようでしたから」

 

 娘はそう言った。私に対して言ったのか、独り言だったのか分からない。私は、娘に対して何も返さなかった。

 

 久しぶりに見る彼女は、ひどく衰弱していた。息づかいは細く、今にも止まってしまいそうだった。娘の頬には涙の跡がくっきりと残っていた。それを見て、彼女の命がもう幾ばくもないことを知った。

 

 娘は私の足下に腰掛け、何をするでもなく、彼女を抱きしめたままで、じっと町を見つめていた。娘は声を出さずに、ずっと涙を流し続けていた。ぽろぽろと、こぼれた涙が、顎を伝って彼女をくるんだ毛布に垂れて染み込んでいく。

 

 なぜ、貴女が泣くのか・・・・・・。

 

 彼女を最も愛していたのは私なのに。

 

 何百年も探し求めて、ようやく出会えたのに。

 

 涙が出てこない自分が、恨めしかった。

 

 娘に対して嫉妬して、耐え難いほどの悪意が胸中を回り続けた。

 

 最期になるだろう時を、こんな想いで過ごしている自分が、たまらなく醜く思えた。

 

 その時が来たのは、夜の闇が終わり、東の空が白み始めた頃。

 

 彼女は、きっとそれが最後の力だったのだろう、私の方に顔を向け、苦悶の表情を浮かべながらも、「ミャァ」と弱々しいながらもはっきりと鳴いて、それっきり動かなくなった。

 

 娘は彼女の小さな体を揺すって起こそうとしたが、彼女の小さな耳も、細長い尾っぽも、二度と動き出すことはなかった。彼女の、美しい真っ白な毛並みの一筋一筋から、生命が抜け出ていくのが見えたような気がした。

 

 娘は、大きな声を上げて泣きながら、私の足下に穴を掘った。そして、その中に彼女の遺体を横たえた。

 

 びゅうっ!

 

 と、突然強い風が吹いて、私を揺らした。私の何本もの枝が一斉に揺れて、濃い緑色の葉が何枚も散って彼女の上に落ちた。

 

 娘はそれを取ろうと手を伸ばしたが、不意に拾うのをやめて私を見上げると、なぜか小さな笑みを浮かべ、一緒に彼女の遺体に土を被せた。

 

*     *     *

 

 大切なものを失っても、日は昇り、世界は回る。大切な人の肉体もまた、土の中で分解され、私の一部となっていく。しかし、魂は巡る。再び、私たちは輪廻の輪をくぐり、再度の邂逅を果たすことができるのだろうか。

 

 ……いつか、また。

 

 最後に彼女はそう言ったような気がした。言葉は通じなくても、きっとそう言ったのだと思う。

 

 だから私は待ち続けよう。

 

 私は、いつまでだって、ここで……。

 

 

≪fin≫

  

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