ドラゴンのいる風景


  平原の東と西には大きな町がある。その2つの町は、馬車などを使わなくても10日ほどで横断できるほどしか離れていなかったが、真っ黒い巨大な狼にも似た凶暴なモンスターの群れが出没していたため、その道のりは危険極まりなかった。

 

 その間に安全に寝泊りできる町もなかったし、馬車を走らせて一気に駆け抜けてしまおうにも整備された道がなく、この2つの町を往来するには、平原を大きく迂回して、歩いて30日ほどの比較的安全なルートを進むのが常だった。

 

 しかし、この辺りは、平原を挟んで東と西で気候ががらりと変わってしまうこともあって、東の物を西の町に持っていけば高値で売れた。その逆も、また然りである。早く運ぶことができれば、さらに高く売れるものも数多くある。

 

 荷物を背負い、あるいはロバの背に積んで、商隊を組んで2つの町の間を、進んでいく商人たちの姿もあった。彼らは、モンスターが嫌がる香料をふりかけ、護衛の傭兵を多額の報酬を払って雇い、命がけの旅をする者たちであった。彼らも旅慣れており、細心の注意と十分な装備を整えてこの危険な平原の旅に臨んでいたが、どれほど準備を整えて、どれほど強力な護衛をつけていても、モンスターに襲われて商隊が壊滅させられてしまうことは度々あった。

 

 犠牲者の数は知れなかったが、それほどのリスクを冒しても行うだけの旨みが、この2つの町の間での交易にはあったのだった。

 

 そんな平原の中ほどに、小高い丘がある。丘の上からは、平原をかなり広い範囲にわたって見通せた。そこから見える青々とした草の生える平原の姿は、その土地が肥沃な土地であることを教えてくれていた。もしも、モンスターの群れさえいなければ、過ごしやすい土地だった。

 

 その小高い丘に、大きな濃い青と白のまだら模様の卵を抱えた一体のドラゴンが現れたのは、10年ほど昔のことであった。

 

 そのドラゴンは、人間を一飲みにできるほど巨大で、銀の鱗をピカピカと光らせていた。巨大な翼を羽ばたかせると、竜巻のような突風を起こすことができた。その咆哮はまるで雷鳴のようで、平原の隅々まで響き渡るかのようだった。

 

 ドラゴンは、卵を丘の上に置いた。丘の上には日の光を遮るものは何もない。自分で卵を温められない爬虫類が、太陽の熱で温めるのと同じだったのだろう。その卵も、成人の男3人分くらいの高さがあった。生まれてくるドラゴンの子供も、きっと巨大だろう。

 

 命がけの旅の途中で、ドラゴンの営巣の様子を見かけた旅人の話を伝え聞いた人々は、町と町をつなぐ平原に、さらなる障害ができてしまったと嘆いたものだった。

 

*   *   *

 

 ある時、モンスターの動きが鈍くなる早朝から昼過ぎを狙って平原を駆け抜けていた商隊が、モンスターの群れに襲われた。腰くらいまで伸びた青い草の中には、刃のような鋭い葉を持ったものも多く含まれていて、進むのに難儀する場所だった。

 

 しかし、それは人間の話。モンスターにとってはこのくらいの草藪は、障害にもならないらしい。音もなく気配もなく商隊に近づき、商人たちがその存在に気付いた時には、モンスターの群れに囲まれかけていた。

 

 商人たちは力の限りに戦ったが、商人が雇った傭兵たちは早々に逃げ出し、商人たちも荷を捨てて逃げ出すしかなかった。

 

 モンスターたちは、商人たちの武器を恐れてもいたようで、一思いに殺すことはなく、体力の消耗を待っているようだった。

 

 15人いた商隊は、一人、また一人と脱落していき、とうとう3人だけになってしまっていた。商人たちはモンスターに追われるままに、ドラゴンの住処となった丘の方へと追い詰められていった。ドラゴンの丘へと向かっていることに気づかないまま逃げまどっていた商人たちは、丘の上に陣取っていたドラゴンの鱗がピカピカと日の光を反射して輝いている姿が見えた瞬間、自分たちの命運が尽きたと思った。

 

 商人たちの目に、ドラゴンが自分たちに気付いて顔を向ける姿が写った。

 

 次の瞬間、咆哮が――轟いた。

 

 空気がびりびりと震えた。

 

 追いかけてきていたモンスターの群れが、一斉に足を止める。どす黒い四足で走るモンスターは象くらいの大きさがあったが、ドラゴンと比べれば成年の男と子犬ほどの差があった。

 

 生き残った3人の商人は、息をひそめて対峙したドラゴンとモンスターたちの成り行きを見守った。モンスターのエサになるかドラゴンのエサになるかの違いだとは思いつつも……。

 

 ドラゴンとモンスターの群れはしばらく商人たちを挟んで睨み合っていたが、ドラゴンが腰を上げるしぐさをした瞬間、モンスターたちは一斉に商人に背を向けて、蜘蛛の子を散らかすように逃げていった。やはり、モンスターの群れといえども、ドラゴンの敵ではない、ということだったのだろう。

 

 なんとかその場の命は助かったものの、荷物も武器も何もかもなくしてしまった商人たちは、額を寄せて話し合うと、「ドラゴンの近くにいれば、とりあえずはモンスターには襲われないだろう……ドラゴンが気が変わって俺たちをエサにしようと思ったらひとたまりもないだろうが……」という結論に達した。商人たちはドラゴンに怯えながらもその場で野営を行ったが、彼らが恐れるようなことは何も起きないまま、朝を迎えたのだった。

 

 そして、3人の商人は急ぎ丘を後にしたのだった。その後は何とかモンスターの群れにも襲われず、安全な町へと到着することができた。

 

 そして、命があっただけでも良かったと語り合いながら、酒場で酒を飲み、酔客や酒場の女の子たちに、平原での出来事を、身振り手振りを交え、時に興奮したような口調で、吹聴して回ったのだった。

 

*   *   *

 

 そんなことが何度か続いた。ドラゴンに助けられた商人たちがその話を広めたために、東西双方の町では「モンスターはドラゴンを恐れ、ドラゴンは人間を襲わない」と、それが既定事実として認識されるようになっていった。

 

 そうなると、この丘の付近が、商隊にとって安全に野営できる場所と考えられるようになった。平原の中央付近のこの場所に、安全に休める場所があるのと無いのとでは大違いである。商隊は必ずそこで一度留まるのが当たり前になった。

 

 そうすると、自然と人が集まるようになっていき、集落が形成されるようになっていった。その数は程なく100人を超え、10年経つと1,000人にもなっていた。商人を相手に商売をする者。多くの人たちの喉を潤すための井戸を掘る者。旅人のための食料を運ぶ者や、ついには開墾し畑を作り、家畜の飼育を始めるものまで現れた。

 

 人間たちの第一のルールは、過剰にドラゴンに接近しないこと。それ以外は、ほぼ自由にやっていてもドラゴンを怒らせることはなさそうだと、人間たちは考えていた。

 

 そんなふうに人間たちの集落が広がっていっても、ドラゴンは人間たちの営みなど、気にも留めていないようだった。ドラゴンと人間との間には、不思議な共存関係ができていた。それは、人間側が一方的に恩恵を享受する関係であったが、人間側は共存共栄の関係だと思い込んでいた。

 

 ドラゴンは時折、卵をおいてふらりとどこかに消えていたが、その間にモンスターたちが近寄ってきたりすることはなかった。モンスターたちはドラゴンを相当に恐れているらしく、ドラゴンの目が届く範囲には決して入ってこようとしなかった。それはドラゴンがいない時でも同様だった。

 

 言うまでもなく、モンスターたちが恐れているのはドラゴンであり、人間たちではなかったが、人間たちは、ドラゴンが不在のときには自分たちがその卵を守っているかのように、いつしか錯覚していた。そして、自分たちが守っている卵が孵化するそのときを、子供が生まれるのを楽しみにする親戚のような気持ちで待ち詫びていた。

 

*   *   *

 

 ドラゴンが丘に住み始めてから10年が過ぎたある日――。突如その日はやってきた。カタカタと卵が揺れ始めたのである。その様子を見守るドラゴンの顔も、心なしか不安そうに見える。やがて、ずいぶんな時間がかかったが、パリン、パリンと卵の殻にヒビが入り始めた。

 

 遠巻きに見守る人間たちの間にも緊張が走る。

 

 割れた殻が落ちた。1枚、2枚と崩れ落ちる。不思議と軽い音がした。その殻を突き破り、ベットリとした粘液に覆われたドラゴンの幼生が姿を現した。人間よりずっと大きいが、見た目はいかにも爬虫類の子供といった感じだ。背中の翼も、胴体に比して、あまりにも小さい。

 

 ドラゴンがギャーッという甲高い声を上げた。モンスターを追い散らすような獰猛な咆哮ではない。いかにも親が子を慈しむような泣き声のように、人間たちの耳には聞こえた。

 

 ドラゴンの幼生もキューキューとか細く鳴いた。いかにも不安いっぱいという感じの声に、人間たちの間から自然と拍手が起こり、広がっていったた。

 

 その拍手に囲まれて、ドラゴンが首を曲げ、鼻先をドラゴンの幼生にこすりつけた。心なしか、ドラゴンの頬が緩み、笑っているように、人々の目には写った。

 

*   *   *

 

 ドラゴンは、待ちに待っていた卵が孵るのをじっと見つめていた。しばらくの悪戦苦闘の末、卵の殻が外れ、中から子供が生まれ出てくるのを見て、さすがのドラゴンもほっと安堵の息をついた。

 

「ようやく、生まれてくれたわね。坊や。なかなか出てきてくれないから、心配したのよ」

 

「うん。なかなか殻が割れなくて苦労したんだ」

 

「でも、ちゃんと生まれてくれてよかったわ」

 

 周りにいる人間たちが手をたたく音が、ドラゴンの耳にも届いた。それを聞きながら、そっと鼻先をわが子にこすりつける。元気に生まれてくれてよかったと、心の底からドラゴンは思った。ところが、そんな我が子は、なんだか不満そうなしかめっ面をしている。

 

「……でも、ママ、僕とってもお腹が空いたんだ」

 

「わかっているわ」

 

 と言うと、ドラゴンはにっこりと微笑んだ。

 

「そう言うと思って、ママがいっぱい餌を集めておいたから」

 

 

  

 ≪fin≫

  

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