夜空を見上げると思いだす1つの物語があります。
そのお話をしてくれたのは、10年も前に――私が小さい頃に亡くなってしまったお母さんでした。
あの頃の私は、あばたが残ったような自分の顔が大嫌いでした。
あの頃の私は、生まれつき色が抜けた灰色の髪が大嫌いでした。
あの頃の私は、よその子供と比べても太くて短い自分の指が大嫌いでした。
あの頃の私は、自分の何もかもが大嫌いでした。
あの頃、私がそう言うと、お母さんはいつも悲しそうな顔をしました。
ある夏の日の夜、お母さんと私は空を見上げていました。
いつものように、お隣のサエちゃんみたいな可愛い子になりたいとか、親戚の2つ上のお姉さんみたいな黒い髪になりたいとか言い出した私に、お母さんはそのお話を始めたのです。
夜空にたった一つ浮かぶお月さまのお話です。
誰もが知っている通り、お月さまが同じ姿をしている日はありません。
満月になったり、三日月になったり、新月の夜にはすっかり姿を隠してしまいます。
お月さまはね、お日さまに憧れているの。
と、お母さんは言いました。
だから、一生懸命に身体を膨らませて、お日さまに近づこうとするの。
お月さまはね、お星さまのようになりたいと思っているの。
とも、お母さんは言いました。
だから、一生懸命に身を縮ませて、小さく小さく輝こうとするの。
でも、お月さまには、お日さまのように煌々と光り輝くことはできないし、夜の闇を、お日様のように明るく照らすこともできないの。
そして、お月さまには、細くなることはできてもお星様のように小さな煌めきになることはできないの。
お日様にも、お星さまにもなれないことがわかったお月さまは、最後は恥ずかしくなって姿を消してしまうの。
お母さんは寂しそうに言いました。
でもね、本当はそうじゃないの。
お日さまは、お月さまの淡い光がうらやましくて、せめて自分が出ている間はお月さまの影を消してしまおうと強くわが身を燃やしているの。
お星さまは、夜の闇で、ひと際映えるお月さまがうらやましくて、負けじと強く瞬いているの。
お月さまは、そのことに気付かず、毎晩、お日さまになりたい、お星さまになりたいと言っては、その体を大きくしたり、小さくしたりしているの。
だからね……。
お母さんは、私の名を呼び、私の頭を撫でながら言いました。
あなたも、誰かのいいところばかりをうらやましがって、自分のいいところや優れているところを見失ってはいけないのよ。
そのときの私には、お母さんが一体何を言いたいのかよく分かりませんでした。
私がその意味を理解するようになるよりずっと早く――お母さんは、それからほんの数日後に入院して、帰らぬ人となりました。
お母さんが、自分の死期を予期していたのか、していなかったのか、今となっては分からないことですが、それが遺言のようになってしまいました。
あれからたくさん時間が経ちましたが、今でも私は、他人をうらやんだり、誰かに嫉妬したり、本当に自分にいいところや優れていることなんてあるんだろうかと、悩んだり落ち込んだりします。
そんな時は、夜空を見上げ、お月さまに「お互いに頑張ろうね」と声をかけるのです。
《fin》
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