ある時計台の夢


“文明”というものと無縁だったある村に、時計台が造られたのは大きな戦争が終わった4年後の夏の日のことでした。

 

 これまでは、日の傾きで漠然と測っていた時間を機械の時計で測るようにし、月の満ち欠けもとに作っていた暦を太陽の動きをもとにした暦を使うようにしようと、政府がお達しを出したのです。

 

 そうして、このちっぽけな田舎の村には不釣り合いなほど立派な時計台がつくられ、県のお偉いさんが来て、盛大な式が催されました。

 

「隣の町には鉄道の駅ができました。この村も、文明がどんどん入ってくれば、もっと豊かになって、もっと幸せに暮らせるようになることでしょう」

 

 式の挨拶に立った県の偉い人はそう言って胸を張り、時計台を見上げました。

 

 時計台は、そんなお偉いさんを見下ろし、「よおし、ぼくがこの村の人たちをもっと豊かにして、もっと幸せにしてあげよう」と考えておりました。

 

 時計台が出来てからしばらくは、村の人たちは物珍しそうに見上げたり、立ち止まって拝んだりしておりましたが、それはしばらくの間だけでした。何をするわけでもない時計には用が無いと、すぐに近寄らなくなりました。

 

 この村には時計を読める人がいなかったのです。貧しい村でしたので、学校に通うような子供もいませんでした。そして、朝日が昇ったら起きて、日が暮れたら眠るような暮らしをしている村人たちにとっては、時計の刻む時間など、無用の長物でしかなかったのです。

 

「ねえ、君たち。もう5時を過ぎたよ。早くお帰りよ」

 

 時計台は、すぐ真下で遊ぶ子供たちに声をかけましたが、子供たちは太陽が西の空に沈み、影が長くなるまで帰ろうとはしませんでした。

 

「ねえ、村人さんたち。お昼ごはんは2時を過ぎる前に食べたほうがいいよ」

 

 野良仕事へと向かう村人にも声をかけましたが、彼らは時計を見ながらご飯を食べるようなことはしませんでした。ごはんは、お腹が空いた時に、仕事の手が開いた時に、口に入れればそれでよかったし、それで誰も困らなかったのです。

 

 自分は村人に必要とされていないことがわかった時計台はすっかりしょげこんでしまいました。

 

 時計が必要ではないのなら、僕は何のために一生懸命、正確に時間を刻んでいるのだろう……そんなことを思うようになったある日、頭の上から声がしました。

 

「……ほお、こんなところにも時計があったのかい?」

 

 それは、1羽のカラスでした。

 

「やあ、カラスさん。もうすぐ6時になりますから、そろそろ寝床に帰ったらどうですか?」

 

 と、時計台は言いました。

 

 カラスはすげなく応えます。

 

「夕暮れになったら帰るよ。でも、この時期なら、まだまだ、明るいよ」

 

 時計台は、自分はカラスにさえ必要とされないのかと、さらに肩を落としました。

 

 そんな時計台の様子を見たカラスは、

 

「ぼくは今日、隣町に行ってきたのだけれどね。隣町の駅前の時計台の前は大にぎわいだったよ。とにかく、列車というやつが来る時間を知るのに、時計が必要だからね」

 

 時計台は、その話を聞いて、隣町の時計台が羨ましくて仕方がありませんでした。出来ることなら自分も隣町に行きたい。隣町の時計台と代わりたいと思いましたが、時計台は自分で歩くことはできませんでしたから、それはとても叶わぬことでした。

 

「まあ、気を落とすこともないだろうよ。君も、いずれ誰かから必要とされる時があるだろうから、その時まで、一生懸命に時間を伝えればいいんだよ」

 

 と、カラスは言うと、一声上げて去っていきました。

 

 いつの間にか夕陽が赤く村を染め、時計台の短い針は7の数字を指そうとしていました。

 

 カラスと話をした時計台は、自分はなぜ時間を刻んでいるのだろうなどと考えるのをやめて、いつか誰かに必要とされる日が来ることを夢見て、一生懸命に正しい時間を刻もうと心に誓いました。

 

 

*     *     *

 

 

 それから、季節が一巡りしました。時計台は、晴れの日も、雨の日も、雪の日も、ひたすら正確に時を刻み続けましたが、村人は相変わらず時計台には大した関心を払いませんでした。

 

 それは、晩夏となったとても暑いある日のことでした。青空が広がる気持ちのいい天気だったにもかかわらず、時計台は「今日は何だか嫌な予感がするな」と思っていました。鳥たちやネズミたちが一斉に逃げ出し、犬は朝からわんわんと吠え続け、馬は落ち着きなく前足を上げたり下げたりしていました。

 

 その様子に、村人たちも少なからず不安を感じているようでしたが、相変わらず時計台には注意は払われていませんでした。

 

 それは、昼過ぎごろのことでした。

 

 ぐらり、と時計台の足下が大きく揺れたのです。

 

 

*     *     *

 

 

「村は、壊滅したようだな」

 

 軍服姿の男が言いました。大佐であることを示す階級章をつけたこの男に続いて村に入ってきたのは大勢の軍人たちでした。彼らは村に入ると、まるで巨大なイノシシの大群が通り過ぎたように原型をとどめていない村の家々や、大きくひび割れた地面、崩れた山の斜面などを見て呆然としていました。

 

「とんでもなく大きな地震でした。大きな被害がこの村だけにとどまったのは不幸中の幸いです」

 

 軍人たちを案内してきた県の役人が額の汗を拭きながら村の中を指差し、言いました。

 

 他にも、大学で地震を研究している偉い教授も同行していました。教授は興味深そうに地震の被害を見て回っていましたが、広場だった場所で足を止めて、「おおっ!」と声を上げました。

 

 そこには、ぼろぼろになった時計台の姿がありました。

 

「時計が止まっている。これは地震が起こった時間に違いない! これで、正確な記録が付けられるぞ」

 

 教授はさらに興奮したように言葉を続けました。

 

「こんなところに時計台を作るなど誰の考えか知らないが、最後にいい仕事をしてくれたぞ」

 

 しかし、時計台をほめたたえる声は、もう時間を紡ぐことができなくなった時計台には届いていませんでした。

 

  

《fin》

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