北の森の大蛇【2】


 

 それと同時に、幾つもの死体――古い物から新しい物まで様々であり、服装も甲冑に身を包んだものから軽装のものまで様々だった――が転がっているところをみると、あの大蛇がどれほどのモンスターハンターや王国騎士団の標的になっているか、そして、それらの猛者たちを退けてきたかを如実に表していた。

 

 長年に渡り積み上げられてきた高額の賞金は、今や天文学的数値になっており、さらに王国騎士団にとっては数百年に渡り王国の北の地を占拠してきた化け物を殺すことができれば、将軍の地位につけると規定されており、才気あふれる騎士たちは、この大蛇退治に名誉と誇りを背負い向かうのだった。

 

 結局、誰ひとりとして戻ってこないのだが。

 

 今回、俺がここにいるのは、モンスターハンターとしての名誉欲に駆られてのことではない。もちろん、多額の報酬があるのは確かだが、首尾よく大蛇を殺したとしてもその栄誉は俺のものにはならない。名誉は後ろにいる、小柄な若い男が持って行ってしまう。

 

 名門ユミール家の長男である彼は、騎士団員と言われてもピンとこない、幼さを残した顔立ちに柔らかい表情の優男である。聞けばつい先日騎士団員になったばかりだという。

 

 初対面で会ったときにはそれなりに凛々しい雰囲気を見せているように見えたものである。

 

 しかし、平時でいかに頼もしくても、実戦や修羅場となると、とたんにまともな判断や行動ができなくなってしまうことは珍しくない。新兵同然のユミールが実戦では使えないと思っていたほうがいいだろうと、俺は考えていた。

 

 だが、まさか、ここまで使えないとは、というのが本音でもある。

 

 ユミールが持っている武器はダガーに十数本の投げナイフ。それから2連発の短銃だった。決して接近戦を得意とするタイプではないようだった。

 

 七日ほど前に俺たちは初めて顔を合わせ、四日前にこの森に入った。その間、どのように大蛇を探して回ったかについての詳細は省くにして、ふた刻ほど前、俺達は、この樹海の中で大蛇と遭遇し、戦闘になった。主に、俺が前衛で、ユミールがバックアップ。それが当初からの予定だった。だから、俺が大蛇との戦いで負傷したとしても、不満を口にすべき立場にはない。

 

 しかし――。

 

 俺と大蛇の戦いは、僅かに俺が優勢に推移した。その皮膚は鋼よりも硬いという話だったが、騎士団は気前よく、白銀すら簡単に切り裂けるミスリル製の長剣を用意してくれていた。

 

 俺の経験と剣技、さらにはそう簡単に手に入らない業物。その甲斐あって、戦いは大蛇に対して、わずかずつながら着実に傷を負わせ体力を削っていくことができた。

 

 そして、大蛇の動きが鈍り、その巨体の動きに決定的な隙を見つけ、止めを刺そうとした瞬間、この“役立たずの”ユミールが手元を狂わせ俺の背中に投げナイフを当てたのだ。

 

 結果、今度は逆に動けなくなった俺は、利き腕に腕に大蛇の血を浴び剣を握ることさえ困難になった。そして、大蛇はずるずると巨体をくねらせながら、樹海の奥深くへと消えていった。背中と右腕に負傷を負い、戦闘力が落ちた身では到底追いかけて戦闘を継続することは不可能だったた。俺はその場で簡単な応急処置をすませると事前に発見していた泉まで一時撤退することにしたのだだった。

 

 次に遭うときは、必ずあの首を切り落としてくれると胸の中で誓いながら。

 

 そして、今に至る。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 

 恐る恐る、といった感じでユミールが声をかけてくるのを、じろりと睨みつけた。ユミールがぎくりと身を震わせたが、俺はそれ以上何も云わずに泉の水の中に腕をつけ続けていた。

 

 今度は大蛇のことを考えたせいか、急に誰かの視線を感じたような気がして、ぞくりと背中に冷たいものが走った。慌ててあたりを見回すと、ついさっき駆け抜けてきた深く暗い樹海の向こう側から、大蛇の感情のこもらない丸い目がこちらを覗いて――いなかった。

 

 

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