光の射すほうへ【7】


 2階へ続く階段は、アカリが出てきたダイニングへ続く扉の左側。その正面には、今まで見たのと比べ物にならない、立派で大きな扉が用意されていた。それを見てアカリは気付いた。ここは玄関ホールだ。

 

 アカリは階段の前に立ち、そのまま顎を上げて階段から二階へと視線を上げていった。階段を少し上がると二股に分かれている。分岐点で踊り場のようになっているところに人の絵が飾ってある。赤いドレスの上から着こんだフードの付いた紺色のローブが全身を覆っている女性の絵だった。 

 

 被ったフードの下から見える長い前髪を、左手でかきあげる仕草をしている女性だった。右側は色白で美しい青い瞳が印象的なものだったが、左側は青黒く変色し醜く崩れている。絵の女性の左側の瞳は閉ざされているどころか、ただれて瞼がくっついているようにさえ見えた。そのためか、少しうつむき気味に描かれた女性の表情は憂鬱そのものといった感じだった。

 

 最も目につくのはその顔よりも、髪をかき上げる骨そのもので描かれた左手。腰のあたりに置かれた右手は、顔面の右側同様、ほれぼれするような繊細で透き通るような白い肌だというのに。

 

 アカリは、近付いてまじまじと見てみたい衝動に襲われたが、今は脱出する方が先決だと思い直し、踵を返すと四歩歩いて大きな扉に手をかけ、一瞬の躊躇の後、力を込めて押し開いた。

 

 意外に重い扉の向こうは想像していた通り闇に包まれていた。アカリは慎重に、一歩足を踏み出そうとしたが、その先にはアカリが足を置くべきものが何もなかった。

 

 何もない中空を踏み抜きそうになって小さく悲鳴を上げて、扉にしがみついて足を戻す。試しに手に持った薪を闇に向かって放り投げてみると、火のついた薪は辺りを微かに照らしながら、音もなく落ちて行った。

 

 一瞬だけ浮かびあったのは、真っ直ぐに切り立った岩肌だった。ここは断崖絶壁だったのだ。薪が落ち切った音は聞こえてこなかったから、どれほどの高さがあるのかさえ分からない。

 

「ひゃあ……ここを降りるのは無理そうだね……」

 

 アカリは驚嘆の声を上げてバルドルに声をかけたが、バルドルはアカリの方を見ていなかった。それに気付いたアカリもバルドルの視線の先を追い、先ほどまで見上げていた階段のほうに目をやった。

 

 そして、ぎくりと身を震わせた。

 

 階段から人影が下りてきた。紺色のローブとフードで全身を覆っていて男か女かもわからないが、とりあえずファントムではない。しかし、この状況で味方ではありえない。逃げ出したくても、玄関の向こうに待っているのはおそらく“死”だけ。

 

「新しい服は気に入ってもらえたかね?」

 

 感情がこもらない冷たく響くその声は、間違いなく女性のもの。その言葉を受けて、アカリは自分の来ている服に目をやって、ようやくいつも着ていた襤褸が自分の身体を包んでいないことに気がついた。

 

 ファントムに連れ去られ、檻の中で目を覚ますまでに着替えさせられたのだろう。アカリには真っ白いワンピースの上に茶系のカーディガンを羽織らされ、裸足でボロボロになった足には赤い靴が履かされていた。

 

「エリューズニルへようこそ。歓迎するよ」

 

 女は少し顎を上げるとフードがめくれてその顔があらわになった。右側は美しく左側が醜く変色したその顔を見て、この女性は踊り場に飾られている絵の女だと気付いた。

 

 アカリに真っ直ぐに例の骨しかない左手を向けると、ひゅっと口笛を吹くような音を発した次の瞬間に骨しかない掌から闇が拡がった。空間全体が闇に侵されていく。それと同時に闇から浮かび上がってくるファントムたちの気配。

 

 現れたファントムたちにバルドルが先ほど同様口から光を放ち、女が生み出した闇とともに、切り裂き消滅させる。闇があらかた消え去るまで、さしたる時間はかからなかった。

 

「馬鹿だね……バルドル。これっぽっちの闇を払ったところで……お前に、私の闇の全てを払い切れるはずもなかろうに……」

 

 左手をローブの中にしまいながら女は嘲りの笑いを見せる。

 

「いや……私の闇、という言葉は正確ではなかったかね?」

 

 

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