光の射すほうへ【6】


 とはいえ、どう接していいかわからず戸惑っているアカリに、バルドルは付いてこいというように首を揺らした。そして、背中を向けて歩き出した。

 

 アカリはそれに従って、その後を追った。そうするしかなかったからだ。この時アカリは、なぜ自分がここにいるのか、自分が誰なのか、全く覚えていなかった。幼い時の記憶も、自分が何を学んでいたのかも、故郷の景色も、父母の顔も、何一つ。全ての記憶を失っていた。そして、それは今なお、回復していない。

 

 アカリは、バルドルに導かれるままに旅を始めた。

 

 それから、とても長い長い旅をしていたようにも思えるし、あまりにも短い旅だったようにも思える。

 

*     *     *

 

 不意にアカリが触れる石壁の冷たさに温かさが加わって、アカリははっと我に返った。自分の手元を見ると、バルドルが石壁に手を触れたままで考えごとをしていたアカリの傍らに立って、その顔をアカリの手の甲に擦り寄せていた。

 

 それは、不思議な温かさに感じた。何だかとても懐かしい。そんな温もり。アカリは石壁から手を離して、バルドルの頭を撫でた。

 

 ……今、こんなことを考えていても仕方ない。早くここから脱出しよう。

 

 アカリは小さく頷くと、歩き出し――歩き出そうとした瞬間に、ふと思いついたことがあって、まじまじとバルドルを見つめる。

 

「ねぇ……バルドル。あなたもファントムたちにつかまっていたの?」

 

 バルドルはアカリの居場所をどうやって突き止めたのだろう? そしてどうやってここまで来たのだろう?

 

 バルドルはきゅぃっと可愛らしく鳴いた。そして、左右に首を揺らせた。初めて会った時のように、ついて来いと言っているようだと思った。

 

 時々、バルドルは自分が話していることを理解しているのではないか……と思うことがある。今のこの態度を、アカリは自分の関心を逸らせようとしているのではないか……と感じた。

 

 こんな時に、一番の味方のはずのバルドルに疑念を感じる自分に少々嫌悪を覚えながら、アカリはバルドルの後について歩いた。

 

*     *     *

 

 廊下は漆喰≪しっくい≫の壁で出来ていて、沢山の扉が付いていた。全ての部屋の前にランプが取り付けられ、その中でろうそくの火が揺らめいている。一つ、一つ、この部屋を調べて回るべきかと思ったが、まず、脱出するためのルートを見つけるのが急務だと思った。何より、バルドルが先を歩いていて、部屋を探っている余裕はない。

 

 バルドルは、その中の扉の一つを開けるように促した。アカリが扉を開く。恐る恐る中に入ると、その中はとても明るく、とても暖かかった。

 

 先ほどの広間ほどではないがとても広い部屋だった。その片隅に大きなレンガ造りの暖炉が置かれ、その中には炎が燃え上がっている。アカリはその中の薪を一本抜いて、持っていくことにした。

 

 部屋の真ん中には広いテーブルが置かれ、その上には純白のテーブルクロスがかけられている。その白がとても栄えて見えるのは、テーブルに装飾と照明のために置かれた燭台のせいだろうか。テーブルの上には銀の燭台が3本。蝋燭≪ろうそく≫が5本ずつ設置されていて、そのいずれにも火が点されている。

 

 立派なダイニングだった。待っていたら今にも豪勢で温かい料理が運ばれてきそうな気がする。次の瞬間、きゅるるとアカリのお腹が鳴った。アカリはお腹を押さえて「お腹すいたなぁ……」とため息混じりに呟く。食べ物のことを意識したら、余計、空腹の度が増した気がする。そして、待っていたところで、食べ物が出てくることはあり得ない。というか、自分が食事にされてないだけマシ、という気もする。

 

 アカリはダイニングを抜けて、次の部屋に向かうことにした。

 

 ダイニングを抜けると、さらに広い部屋に出た。この部屋には幾つかの部屋からつながっていると思われる扉と、2階へと繋がっていると思われる大きな階段が用意されていた。

 

 天井を見上げると、吹き抜けになっていて、階段を上った先はテラスになっていて、この部屋を見下ろせるようだった。

  

  

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