光の射すほうへ【5】


 バルドルが咆哮を上げると、そのたびに檻が揺れる。アカリは鉄棒を掴んで振り回されないようにこらえた。最初は微かに。そのうち、大きく振れるようになっていって、アカリは鉄棒にしがみつくのが精いっぱいになって、戦況を確認することができなくなってしまったが、バルドルが優勢のはずである。 

 

 しばらくすると、衝撃も閃光もなくなった。あれほど沢山いたはずのファントムの姿は見えなくなっていた。全てバルドルによって殺戮されたのか、あるいは逃げてしまったのか。 

 

 アカリは鉄棒の一本に両手でしがみついていたが、揺れが収まったのを確かめて、手を離す。……と、次の瞬間、檻が何の前触れもなく勢いよく落下した。慌てて鉄棒に手を伸ばす間も、悲鳴を上げる余裕もなく、檻が地面に到達した。浮いていたアカリに何のダメージもなかったが、一瞬真上に引き上げられるような感覚を感じた。それから、アカリを守っていた引力からの解放がなくなって、ドシンとお尻から床に落ちた。 

 

「あ……イタタ……」 

 

 アカリがお尻をさすりながら、立ち上がると、バルドルの口からさらに光線が放たれた。その光線は、アカリが閉じ込められていた檻の鉄棒をいとも簡単に切り裂いた。

 

 バルドルによって開かれた出口から、アカリは檻の外に出る。ぶつけたお尻が痛くて、びっこをひくようなひょこひょこした歩き方になってしまう。 

 

 アカリは腰に手を当てて、 

 

「もう。助けるのなら、も、ちょっと優しく助けてよね」 

 

 と、少し頬を膨らませてみせながら言った。バルドルが申し訳なさそうに、きゅぅ、と鼻を鳴らす。アカリは、うなだれたバルドルの首に抱き付き、 

 

「ごめんね。ありがとう。助けに来てくれて」 

 

 バルドルのくちばしの上にキスをした。それから、自分がさっきまで入れられていた檻に目をやった。サイズは人間が数人入っても平気な大きさながら、形状は鳥籠そのものだ。アカリが外に出るために開けられた穴の部分は、バルドルの光線で切り裂いかれた鉄棒のエッジがきらっと光っている。 

 

 それからバルドルが入ってきた方向に目を向ける。これもバルドルが破壊したのだろう。広間の壁に大きな穴があいていた。広間は石造りの壁になっていて、これを破壊するのに相当の力が必要だっただろう、という想像はつく。アカリはファントムに警戒しながら穴のところまで歩いて行き、石造りの壁に軽く触れた。触れた時に感じた冷たく硬い感触は、これがハリボテなどではなく、本物だということを示していた。 

 

「……これを破壊できる力……」 

 

 アカリはぽつりと呟いてバルドルを見つめた。少なくとも、アカリはこれまでバルドルが“戦う”ところを見たことなどなかった。これほどの破壊力を持ち、あれほどの数のファントムをものともしない戦力を有しているとは、考えたことさえなかった。 

 

 ……私は長い間一緒にいたけれど、バルドルについて知らないことがたくさんあるんだ……。 

 

 アカリは、ふとそんなことを思いバルドルと出会ったあの日に思いを馳せた。それは、とてもとても遠い過去のことようにも思えるし、つい先日のようにも思えた。

 

*   *   *

 

 アカリが最後に見た眩い光。気を失ったアカリが目を開いた時には、世界は闇に包まれていた。最初は、世界が光を失ったとは思わなかった。自分が光に目を焼かれて視力を失ったものだと、最初は思った。

 

 立ち上がり、周りに沢山の気配があるのに気付いて彼らに助けを求めた。今にして思えば、それがファントムとの初めての出会いでもあるファントムたちが無言で近づいてくる。アカリは本能的に恐怖を覚えた。

 

 その時だった。

 

 甲高い声が響き渡った。その声にファントムたちの気配が、雲の子を散らすように霧散していったのが分かった。

 

 声の主は、巨大な鳥のような姿をしていた。神々しいその姿。その姿を見てアカリが最初に思ったのは……自分の目はちゃんと見えているという事実だった。

 

 それがアカリとバルドルの初めての出会い。 

 

 初めてバルドルを見たとき、アカリは初めて見るその姿に全く恐怖を感じなかった。なぜか無条件に自分を守ってくれる存在だと、不思議な確信を持った。バルドルに、バルドルと名をつけたのはアカリ自身だったはずだが、それだってアカリがつけたというよりも、最初から“知っていた”ような気がする。

 

 

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