光の射すほうへ【4】


 ……私はファントムに連れ去られたのか?

 

 ……それともファントムによって死をもたらされた人間の魂の行く先がここなのか?

 

 アカリはすぐに考えることをやめた。あまりにも“情報”が少なすぎる。檻の柵の隙間から手を突っ込んで、その向こうに広がる闇に向かって伸ばした。次の瞬間、ぞくりと背中に冷たいものが走り、慌ててその手を引っ込めた。

 

 なぜ今まで気付かなかったのかと問いたくなるほど大量に、ファントムがいる。これほどたくさんのファントムに取り囲まれていたなんて……。

 

 闇の中を、ファントムの気配が充満していた。アカリが、ここに連れ去られる時に囲まれた数の比ではない。あまりに大量のファントムのせいで、かえって感覚がマヒしているのだろうか。

 

 体温が2、3度ほど下がったような錯覚を覚えた。

 

 恐れおののき、思わずふわふわと後ずさる。背中にガンと檻の鉄棒がぶつかった。思わず振り返ると、背中にぶつかった鉄棒の向こう側にも無数のファントムがアカリを凝視しているのが分かった。一体どれほどの数がいるのか……。

 

 ファントムたちは目に見えない。気配を何となく感じるだけだ。人の影のような姿形はとにかく、奴らに視力や聴力などがあるのかさえ分からない。しかし、影の中に隠れた闇よりも深い漆黒の双眸が、無数に自分を見つめている。アカリはそう思った。 

 

 胸の上から心臓をわしづかみにして、アカリは何度も息を吐いた。恐怖に支配されない術を、いつしかアカリは身につけていた。深く、深く、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。しばらくすると心臓の鼓動が収まってきた。

 

 そうすると自身の置かれた状況を考察する余裕も出てくる。

 

 ファントムに触れられて死ななかった――あるいはすでに死んでいる可能性を否定しきれないにせよ――理由がきっとあるはずだった。その理由が分かれば、無事に脱出する方法が見つかるかもしれない。 

 

 しかも、これほど大量のファントムが取り囲んでいながら、アカリには指一本触れられないことにも、何かの理由があるはずだった。その理由はわからないけれど……。

 

 自分の今の状況を観察しながら、アカリは奇妙な感情を覚えていることに気付き、自分でも戸惑った。無数のファントムに見張られ、檻の中に閉じ込められている。それなのに、不思議と感じるのはいったん恐怖が消え去ると、残ったのは安らぎ。安堵なのだった。 

 

 アカリはギュッと両膝を抱えてうずくまった。足下がないため、ふわふわとした浮遊感を感じる奇妙なものだった。 

 

 無理に脱出しなくても、ここが“安全”ならばこの場に残るという選択肢だってある――そう思った瞬間、爆音が轟いた。 

 

 爆音な一瞬後に起こった爆発の衝撃で、アカリはぐるぐると何回転もした。悲鳴を上げながら手を伸ばして鉄棒を掴んで、やっと回転が止まる。しかし、さっきまで辛うじて認識していた上下左右の区別がつかなくなっていた。 

 

 爆音がした方に視線を向けて目を凝らすと、何か光るものが入ってきたのに気づいた。その影に見覚えがあった。光り輝く灰色の身体にも。 

 

 ……バルドル? 

 

 はぐれてしまった神獣の姿がそこにあった。アカリは、声を上げて、神獣の名を呼んだ。 

 

 バルドルが入ってきたことで、闇に閉ざされていたその部屋の状況が少しわかるようになった。ここは、かなり広い広間だった。その中に、数百は下らないファントムたちが潜んでいた。 

 

 ファントムたちは、バルドルにめがけて次々に突進していくがバルドルの全身から放たれる光の前に動きが封じられ、バルドルが口から放つ、炎よりも輝く光線によって真っ二つに切り裂かれて消滅していく。

 

 光が放たれるたびに、自分の置かれている状態が少しずつ分かってきた。檻の鉄棒の隙間に頭を突っ込んで位置関係を確かめる。アカリの入っている檻は鳥籠のような形状をしており、檻は広間の床から高く吊るされていることが分かった。檻の高さは、アカリが飛び降りるのは危険だが無理ではないくらい。バルドルが飛ばした石くずが落ちる様子を見ると、檻の中だけが、重力の束縛から解き放たれた空間になっているようだった。

 

 

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