光の射すほうへ【22】


 

 「母親に遠慮することはない。分かってくれなければ、喧嘩すればいい。納得するまで罵り会えばいい。君自身で、生き方を決めて、納得できるように生きるんだ。死んだら、生きることはできない」

 

 本当にそれでいいんだろうか? アカリは自分の中の“灯”に尋ねる。母親の期待に添うように生きること以外に生き方を知らない。でも、それ以外の生き方が自分にあると言うのなら……。

 

「私は、生きても、いいのかな?」

 

「北欧神話で、光の神バルドルを蘇らせるために、死者の女王ヘルが出した条件は、全ての生命あるものがバルドルのために涙を流すことだった」

 

 その声はアカリのちょうど真後ろから聞こえてきた。アカリの正面に立ったバルドルの表情が僅かに曇った。

 

 アカリとバルドルと取り囲む形で、ファントムたちが次々と湧き出してくる。アカリは、そっと振り返る。予想通り、そこにあるのはあのフード姿の闇の女王の姿。死と生を纏った女王の顔は怒りの形相に満ちていた。

 

「けれど、バルドルのためにたった1人、悪神ロキだけが涙を流さず、バルドルが蘇ることはなかった。小さな希望を抱いたために、バルドルのために涙を流した全ての生命ある存在は大きな絶望を抱いた。分かるでしょう? 希望は、絶望しか生まないのよ! そして、お前も、絶望の中で消えることを望んだはず!」

 

 このまま目を覚ましたとしても、やはり母親には理解してもらえないかもしれない。理解しあえるなどと希望を持てば、結局絶望を味わうかもしれない。少なくともこのまま消えてしまえば、希望も、絶望もないまま消えてしまえるだろう。

 

 アカリに向かってヘルが再び自分の中に取り込もうとするかのように手を伸ばしてくるが、アカリはすでに心を決めていた。

 

 もうヘルから……いや、自分の中の絶望から目を逸らさない!

 

「ごめんね……」

 

 思えば、ヘルとバルドルは表裏一体の存在。絶望があるからこそ希望が生まれる。絶望を知らない人間に希望は訪れない。

 

 アカリは、今度は自分からヘルの手に――絶望に向かって一歩踏み出した。自分から手を伸ばし、ヘルの手を掴むと、しっかりとヘルの目を見据えた。

 

「私は、絶望の中に希望を探してみることにするよ。だからヘル。あなたの絶望の中の希望を、私に頂戴……」

 

 ヘルの手がアカリの体の中に沈み込んでいく。闇を冠した女王の口から悲鳴は出てこなかった。ただ、弱々しいながらも、確信したような口調で捨て台詞が出てきた。

 

「絶望の中に希望があるんじゃない。希望の中に絶望があるんだ。おまえは何度でも繰り返す。希望を見ては、絶望を見る。これから、一生……」

 

 ヘルの姿が完全にアカリに飲み込まれて消えてしまうと、ファントムたちもアカリの周りに集まってきた。ファントムたちがアカリに触れるたびに、光を放ち、一体一体消えていく。やがて、全てのファントムが消え去ると、アカリの正面――バルドルの後ろに、大きな扉が現れた。それは、何度も見たエリューズニルの玄関と同じものだった。

 

  この向こうに行けば、きっと帰ることができるのだろう。バルドルがすっと横に移動し、アカリにドアの向こうへ行くようにと促し、アカリは小さく頷いてドアノブに手をかけた。その瞬間、エリューズニルで、扉の向こうにあった闇の中の断崖絶壁の景色が思い出された。

 

 「大丈夫……」

 

  アカリの肩に、バルドルの手の感触が伝わってきた。温かい……。自分は何度この温もりに助けられてきただろうか。そう思うとアカリは、バルドルと別れることも、とてつもない絶望のようにも思えた。

 

 アカリがそんなことを考えていることに気付いたのか、そうでないのかはアカリには分からないが、バルドルは、そっと背中を押すような言葉をかけてくれた。

 

「この扉はエリューズニルの玄関と同じもの……。あの時の君には、恐怖と絶望以外になかったからその先はなかった。でも、今なら、きっと……」

 

 アカリはこくりと頷くと、バルドルに別れの言葉をかけた。

 

「じゃあね。バルドル。先に戻っているわね。きっと、この先、また会えるんでしょう?」

 

 

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