光の射すほうへ【12】


  鍵……鍵……。

 

 どこかで見たような気がする……。そう思ったアカリは、自分の首にかけられた鎖の感触を思い出した。

 

*     *     *

 

 予想通りアカリが差し込んだ鍵はすんなりと回った。鍵が開く音が聞こえると、重そうな扉が自然に1センチほど開いた。

 

 アカリは金庫の扉を引っ張って限界まで開くと、金庫の中の確認を始めた。中には大判の封筒が入っているのが分かったので引きずり出して、分厚く膨らんだ封筒を破いて中身を取りだした。

 

 出てきたのは一冊のノート。

 

 とても分厚い一冊のノート。 

 

 アカリはノートの1ページ目をめくり額に皺を寄せる。

 

「絵日記?」

 

 これほど膨大な書籍が詰め込まれた部屋の中で、大事そうに保管されたものが絵日記だとは……という思いがそのまま口に出た。しかし、すぐにきっと確かめる価値のあるものなのだろうと考え直して最初から読み始めた。

 

*     *     *

 

 それは、アカリが知らない、まるでおとぎ話のような世界の物語だった。

 

 1ページ目には、一人の女の子が生まれたことが言葉少なく書かれていた。言葉は少なかったが、その文面からは生れてきたことに対する幸福感が伝わってくる。しかし、読んでいて、すぐに違和感を覚え始めた。ところが、その違和感の正体が掴めない。掴めないままに次へ次へと読み進める。

 

 女の子は、幼いころから音楽に囲まれて生活し、3歳の頃からピアノの英才教育を受け始めた。

 

 彼女にとっては、音楽が生まれた時から生活の全てだった。彼女が望んだのではない。望んでいたのは彼女の母親と父親。特に母親の口癖は「あなたは私の夢なのだから」だった。少女の絵日記からは、期待されていることを無邪気に喜んでいる様子こそあれ、そのことを不満に思っているような記述はない。

 

 しかし、アカリはすぐに事実に気付いた。少女の両親――特に母親は、少女のことなど見ていない。少女は、母親の叶えられなかった夢を叶えるためだけに産まれてきたスペアに過ぎない……。

 

 その事実に気付かないまま、少女は成長していった。そのことにアカリは小さく歯がみする。知らないことほど幸福なことはない。でもいつか、気付く時が来る。

 

 6歳に成長した少女は、美しいドレスで着飾り、盾を掲げて満面の笑みを浮かべている。日記には、子供のピアノコンクールで優勝したことが書かれていた。父や母に褒められてどれだけ嬉しかったか。どれだけ誇らしかったか……。

 

 しかし、この後の絵日記から、少女の音楽への喜びは急速に失われていった。

 

 母親の、少女への過大な期待と要求はエスカレートしていき、やがて彼女はそれに応えられなくなっていった。母親は、少女が世界一のピアニストになれると信じていたし、その夢を叶えることが母親にとっての全てだった。自分の夢が少女の夢だと信じて疑っていないようだった。

 

 少女は健気にもその期待に応えようと努力を重ねた。自分のやりたいこともあったが、自分の興味を押し殺して、ピアノの前に座る日々。苦痛でしかない日々。失敗の回数も増えて行った。母親は、常に少女を叱責し続けるようになっていき、時に暴行を加え、時に辛辣に少女の人格を否定するような罵倒の言葉を続けた。

 

 10歳の時に、少女は学校で突き指をした。急いで冷やして事なきを得たものの、湿布と包帯を巻いて帰った少女を待っていたのは、母親のまるで汚物を見るような視線だった。少女の母親から彼女の身を案じる言葉は発せられず、なぜこんな愚かなことをしたのかと、執拗に責め立てられた。少女はただ謝るしかなかった。泣きながら謝った。結局その日は、練習をしない代わりに食事もなかった。

 

 少女は13歳になった。ピアノは続けていたが、少女は、もはや疲れ果てていた。学校を理由に家に帰るのを遅らせるようになった。かといって、何か目的があったわけでもなく、ただ図書館で時間をつぶすだけ。そんな少女に、1つ年上の女の子が声をかけてきた。

 

「そんなにやることがないのなら、一緒に走ってみない?」

 

 

11】へ  【目次】  【13】へ

 

▼あなたのクリックが創作の励みになります。▼



▼感想をいただけると更なる励みになります▼
 
『光の射すほうへ』の感想