過去に戻って【4】


 結婚生活は15年ほど続き、妻が死んだことで終わった。肝臓癌だった。40歳を過ぎたばかり。

 

 若すぎだった……。

 

 そうなって初めて、私は妻の心痛に見向きもしていなかった自分に気付いた。なぜ、彼女の体調の不良に気づいてやれなかったのか。ちゃんと、妻と向き合い話す時間を作っていたら、こうはならなかったのではないか。

 

 自らの愚かさが、妻を殺した。

 

 なぜ、妻ではなく、自分がこうならなかったのか、と神様を恨んだ。私は無神論者だったが、とにかく何かを呪わなくては気が済まなかった。

 

 後悔は先には立たない。しかし、私は、後悔して、後悔して、後悔し続けた。なぜあの時、なぜあの時と、自問し続けた。つまるところ、私は考えることだけしかできなかったし、それしか能のない人間だったのである。

 

 ある時、私は一つの結論に達した。

 

 私は、後悔を先に立たせよう、と考えたのである。

 

 即ち――過去の改変。

 

 過去に戻り、私を殺してしまえば、妻と私が出会うこともなくなる。私と出会わなければ、妻はもっと良い男と結婚し、幸せな人生を歩めただろう。それは、荒唐無稽な計画であったが、当時の私は不可能なこととは思っていなかった。

 

 それから20年が過ぎた。

 

 ようやく、あの日の後悔を終わらせることができる。

 

「……準備ができました」

 

 助手Bが重苦しい口調で声をかけてきたので、私は現実に引き戻された。

 

 バーを握った両手に力を込める。

 

「あぁ……すまない」

 

 私は頷く。シートベルトでがっちりと固定されていて、頷くことしかできなかった。

 

「先生……自分は、もう何も言いません。ただ……このタイムマシンのエネルギー源はとても希少で高価です。今回使ってしまえば、二度と過去へ戻ることはできません。……どうか、ご本懐を遂げてきてください」

 

「……うん。ありがとう」

 

 助手Bの忠告に私は素直に謝辞を述べた。

 

 他の2人の助手も、黙々と作業を続けている。彼らの思いを感じて、目頭に熱いものがこみ上げてくるものを感じた。

 

 成功したら、どうなってしまうのか想像もつかない。彼らとは、もう二度と会うことはできないのだろう。

 

 ……君たちには、迷惑ばかりかけてしまったな。

 

 スタートを告げるベルが鳴った。

 

 私の目の前で、カプセルの蓋が閉じていく。視界が完全に暗闇に覆われるまで、助手たちが揃って頭を下げているのが見えた。

 

*   *   *

 

 少しの浮遊感と振動を感じた。

 

 時間移動をしているわずかな間は、さして劇的に何かを感じたわけではなかった。しかし、カプセルの蓋が開き、私の目の前に広がる光景は、劇的に変化していた。

 

 屋外の藪の中に私はいた。人の目に触れにくいように、公園の隅の人が来ないところに設定したのだ。しかし、あたりは暗すぎて、本当に目標にした場所に到達したのかわからなかった。

 

 腕時計を見る。

 

 21時43分。

 

 ――予定通りだ。

 

 少し移動すると、見覚えのある風景にぶち当たった。それは、三十数年前、毎日通っていた公園の見慣れた景色だった。街灯が並ぶが、あたりは暗い。暗くて人違いをしてしまう恐れがある。それだけは注意しなければ……と思ったが、それは杞憂だった。

 

 暗闇の向こう側から歩いてくる人影があった。

 

 街灯に照らされて浮かび上がったその顔を、私が間違えるはずもない。自分自身の顔なのだから。

 

 時間がない。

 

 私は、元いた時代で何度も繰り返して練習したように、腰からナイフを引き抜いた。そして、過去の自分に向かってナイフを腰だめにして、突進した。

 

 練習通りだったら、ここでナイフは過去の私の腹に突き刺さっているはずだった。しかし計画が計画通りに進むことなど少ない。ここでも、そうだった。過去の私はとっさに体を捻らせて、私の一突きを交わした。

 

 だが、まだ失敗したわけではない。

 

 運動不足の過去の私は、足をもつれさせて尻もちをついた。しかし、私も自分が思っている以上に老いていた。次に移るのに、時間がかかった。

 

「な……何で……」

 

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