「……時間の逆説(タイムパラドックス)という言葉を知っているかね」
私の口から出た言葉の意味――もちろん、言葉そのものは知っていたはずだ――を助手たちは意味を測りかねたらしく、それぞれ顔を見合わせた。
「時間と空間の関係性が一定の法則を抱きながら、必ずしも明確に定義づけされたものではないことはこれまでの研究で我々は明らかにしてきた。誰しもが考えながら、しかし、空想小説の中でしか存在しえなかったことがある。すなわち、過去の改変とその結果がどのようにして発生し得るのか……。それとも、起こり得ないことなのか」
「だからこそ」
戸惑いの表情を一様に浮かべる中、真っ先に口を開いたのは助手Bだった。
「過去を改変する可能性があるからこそ、タイムマシンの製作にはより慎重に……」
「わかっている」
私は助手Bの言葉を遮って、かねてより腹の中で計画していたことを口にした。
「だから、私がこのタイムマシンを使うのは一度きりにしようと思っている。私は……今から、このタイムマシンで過去へ行き、過去の私を殺してくるつもりだ」
「!」
部屋の中の空気があからさまに変わる。私が助手たちの顔を見回すと、彼らの顔は一様に強張っていた。
「それは……」
「過去へ行き、自分で自分や自分の親を殺したらどうなるか……。試すのは危険すぎる……それはわかっている。しかし、その結果がどうなるのか、私はどうしても知りたいのだ」
過去へ行き、自分を殺したら、その過去の自分を殺した未来の自分も存在しなくなり、過去で自分を殺した人間がいなくなる。自分の親を、自分が生まれる前に殺した場合も同様だ。時間の概念が崩れた時に発生する可能性のある矛盾。タイムパラドックスは多くのSF小説家によってテーマとされてきた。
「……」
「……」
「……」
三者三様の沈黙がしばらく続いた。しかし私の決意が意外に硬いことに気付いたのか、彼らは頷いた。3人とも、渋々といった感じで、納得はしていないように見えた。
「わかりました。しかし……それを実行するには大きな問題が残っています」
助手Aが新たな問題を提起してきた。私はすぐに彼が何を言いたいのか気付いた。
「わかっている。時間の復元力のことだろう」
私の答えに、助手Aは頷きで返した。
「時間の流れは意外と頑固で、過去に干渉しようとする異物が登場した瞬間、復元が始まり、排除される。これまでの研究の結果、過去へ侵入し、復元が始まるまでの時間は約10分。それ以上時間がかかると、過去に飛んだ物質は完全に消失してしまう」
私は研究の過程で明らかになった成果を口にした。過去に行った物質が消えてしまうのか、さらに別の次元に飛んで行ってしまうのか、その先まではわからなかったが、ろくなことにはなってはいないだろう。
「その10分の間に、人を一人殺して、なおかつ戻ってくることなど、可能だとお思いですか?」
「それについては考えている」
私は何度もシミュレーションした内容を披露した。
「私がまだ、大学院生だったころ、当時住んでいたアパートから近所の公園まで決まったルートを、決まった時間に歩くのを日課にしていたのだ。その時間は、21時30分から22時までの30分。21時45分に公園に行けば、私は確実に遭遇する。そこで私は……」
私は自分の机の引き出しから、大ぶりのナイフを取り出した。
「これで一突きする。当時の私は、運動はからきしで、力も弱かったから、大した抵抗もできないはずだ」
「そこまでお考えなら仕方ありません。私はもう何も言いませんので、どうぞ思うようにしてください」
助手Aはそう言って恭しく一礼した。他の助手たちもそれに倣った。
「……よし、では準備をしてくれ」
彼らに対しての若干の後ろめたさを覚えながら、私は指示を出した。
カプセルの中に私は入る。立ったままで使うので、特に椅子などは用意していない。シートベルトで固定し、縦に設置された2本のバーを両腕でつかんで腕力で支えることができるようになっている。中は殺風景だ。オーディオくらいはつけてもよかったかもしれないなどと、どうでもよいことを考えた。
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