過去に戻って【1】


 私の半生は研究とともにあった。大学・大学院で物理学を学び、卒業後も大学に残った。やがて私は民間の研究施設を立ち上げた。いくつかの論文が高い評価を受け、いくつかの特許のおかげで好きな研究に打ち込むことができた。好きなことだけにのめりこんできた半生だった。おそらく人から見れば羨まれるような人生であろう。


  しかしまあ、そんな自慢話はここではどうでもいい。


 そんな私には、3人の助手がいる。3人とも20代の若手の男である。その中ではリーダー格で、一番長身のひょろりとした助手Aが興奮気味に、


「先生! ついに完成しましたね!!」


 と言っているのを、私は何か遠くで起きていることのように感じていた。


 時間を越える研究――それを私の生涯の研究と位置付けたのはいつのことだっただろうか。基礎理論の構築から始まり、実験を繰り返し、莫大な時間がかかってしまったが、その成果であるタイムマシンがついに完成したのである。


 その形状は高さ約2.5mの円筒状。真っ白に塗られたタイムマシンを、私たちはカプセルと呼んでいた。見た目は本当にチャチなものだったが、作り上げるまでに莫大な予算をつぎ込んだし、長い時間がかかったので助手も何人か入れ替わっていた。


 本来ならば相当に感慨深いものを感じるのだろう。しかし、今の私には不思議とそんな感慨は沸いてこなかった。


 私には、これから、このタイムマシンを使ってやらなければならないことがあるからだ。


「……しかし、こんなものを作る必要が……本当にあったのでしょうか?」


 と呟くように言ったのは助手Bだった。一番小柄なこの助手Bは、一番思慮深い男でもある。逆に考えすぎて自縄自縛に陥ってしまう男とも言えた。


「時間と空間の物理法則を超越した法則の基礎理論を我々は完成させ、証明することに成功しました。……本来、研究はそれで十分だったのでは……」


「馬鹿者!」


 と助手Bの言葉を、強い口調で遮ったのは助手Cだった。助手Cは私に最も忠実な男である。上司に尻尾を振るイエスマンという意味ではない。私に対する忠誠心とも違う。ある意味、宗教団体の教祖に対する信者のそれという感じの関係だった。もう少し、自身で考えるということを覚えてもらいたいものだ。


「先生もおっしゃっていただろう。歴史に残る研究成果を残そうとも、大衆も社会も目に見える形ある成果のない研究には見向きもしないと!」


「よしなさい」


 かつて、私が適当にでっち上げた“言い訳”を使って他の助手たちに説教を始めた助手Cを、私はなだめた。それから、彼らに向きなおり、白い髪ばかりになった頭を下げた。


「……君たちに私は言わなかったことがある。……このタイムマシンも、そのために作ったものなのだ。それは、私の自己満足に過ぎないことでもあるから、君たちにも伝えることができなかった」


 私は「すまない」と、もう一度頭を下げた。


「……どういうことですか!」


 助手Aが声を上げた。その声に怒りがこもっているのは当然のことだろう。その助手Aを助手Cが「よせ!」と手で制す。「先生は……」と助手Cは言いかけたが、その時にはすでに冷静さを取り戻していた助手A は私のほうに顔を向け、静かな口調で私を問いただした。


「どういうことなのか、説明をしてください。確かに、全ての研究費用も制作費用も先生が出したものです。我々は先生の指示に従っていただけかもしれない。しかし、先生と一緒に研究したことが、先生の個人的な理由のためだけにあったと言われても……。説明がなければ少なくとも私は、納得することができません」

 

 

 

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