満ち足りない生活【3】


 その不満はどこからくるものなのか? 私は、その理由を、社会に対しての貢献や社会参加の機会が、人間からは奪われているためだと考えた。すなわち、勤労の喜びを知らないためだ、と。私が提起した問いかけに、ネットを通じて多くの人たちが賛同し、あるいは疑問を呈し、一つの大きな流れができていった。

 

 その中には、コロを譲ってくれた知人もいた。今の私になら、彼がどうして生身の犬を飼っているのか、理解できるような気がした。私たちは、彼を変わり者だと思っていたが、それは単に、マザーによって作り上げられた狭い箱庭のような社会と、狭量な価値観の中から、ほんの一歩外側にいるというだけのことだったのだ。内側にいては分からなかったことが、何となくでも理解できるようになったのは、私も同様に一歩外側に足を踏み出した証左なのかもしれない。

 

 彼は、必ずしも積極的に私たちの主張に賛同し協力してくれたわけではないけれど、

 

「この中で議論をしていてもはじまらないから、マザーに直接君たちの希望を陳情してはどうか?」

 

 とアドバイスをくれた。私たちは、彼の発想に大いに驚かされた。この国を統治するマザーに直接、自分たちの意見を言う。そんなことは、考えたことすらなかったのだ。私たちは、早速、ネットを通じて署名を集め、この国を統治するスーパーコンピューターに陳情をした。

 

 我々にも労働を!

 

 我々にも働く喜びを!

 

 この陳情に、スーパーコンピューターがどんな感想を抱いたのか分からないが、希望をする人間には労働が与えられることになるまで、それほど時間がかからなかった。

 

 私は、ロボットの製造工場で働くことになった。今までロボットがしていた作業を人間がやれば、その分効率は下がる。そのことに、ロボットたちが何を思うのか、私には思い至らなかった。……いや、どんなに精巧に作られていても、ロボットに心があるなどと考える人間がいるだろうか?

 

 毎日くたくたになるまで働き、家に帰り愛犬の頭を撫でながらビールを飲む。何て、満ち足りた生活だろう! ……と思えなくなるまで、それほどの時間がかからなかった。

 

 再び、私の主観が変わってしまったのである。

 

 一つの願いがかなえられれば、再び次の不満が湧き出してくるのは人間の性《さが》である。金という概念は全て欠如しているため、私は労働に対する賃金を受け取ってはいなかった。ところが、この国では働いている人間も、そうでない人間も、等しく平等である。しかし、毎日働いている人間と毎日のんべんだらりと暮らしている人間が、平等であってもよいのだろうか?

 

 さらに、人間を管理するのはロボットの役割であり、人間はどんなに頑張っても出世することはできない。なぜなら、ロボットには何をやらせても勝てないし、人間の意思が割り込めば、非効率、非生産的な部分に労力を割かれることになるという事実があるがあるからだ。突き詰めていけば人間が出世することは絶対にあり得ないのだ。だが、こんなおかしなことがあるのだろうか? 人間に奉仕するべきロボットの下に人間が入らなければならないなどということが!

 

 かつて、退屈から脱出するために共に立ち上がった者たちもまた、同じジレンマを抱えていた。中には、ドロップアウトして、かつての退屈な生活に戻った者も大勢いたが、私はそれを拒んだ。

 

 件の知人は、こうなることが分かっていたのか、今回は我関せずを貫いていた。しかし、私は彼に、こうなることが分かっていたのならなぜ黙っていたのか、などと言う気は一切なかった。彼は我々に、このような時に取るべき手段を教えてくれたのだから。そう、私たちは、再び同志を募り、マザーに陳情を出したのである。

 

 しかし、今度はマザーは無回答を示した。再び陳情を行ったが、また無視をされた。私たちは、無視をされるなどという事態は全く想定していなかった。何か主張をすれば、相手は必ず何か答えてくれると信じ込んでいたのだ。自分の意のままにならないと泣き喚く子供と同じであるが、その時の私はそのことに気付いてさえいなかった。

 

 相手が無視するなら、力ずくでこちらの主張を聞き届かせてやろう――我々はデモ行進に打って出ることにした。

 

 

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