満ち足りない生活【2】


 このコロだけは生身である。半年ほど前に、知人の飼い犬が生んだ子犬を引き取ったのである。犬を飼うこと自体は禁じられていないが、精巧な犬型や猫型、金魚型、ヘビ型と、あらゆる動物の姿を模した愛玩ロボットが簡単に手に入るのに、わざわざ生身の動物を飼う人間は酔狂に思われる。その知人も、仲間内では変わり者に思われている一人だった。彼が、親犬をどのように入手したかは私の知るところではなかった。

 

 ロボットではないから当然成長して大きくなる。子犬の頃から飼い始めたコロの犬小屋は、こうして改めて見ると、今のコロには少々小さすぎるように思えた。

 

「よし。それでは、コロの家を作ってやろう」

 

 私は手を打ってそう決めると、ネットで犬小屋の作り方や材料を検索し、設計図をダウンロードした。近所のホームセンターまで、材料となる木材や釘、金づちなどの工具を買いに行った。買いに、と言っても、今は金銭という概念もシステムもないので、持って帰るのみである。

 

 ロボットの店員が、「犬小屋をお作りになるのでしたら、日曜大工ロボットをお貸ししましょうか?」と聞くので、私は断った。コロはロボットを除いた私の家族である。是非、自分の手で作りたいと思ったのだった。

 

 家に材料を持って帰ると、まず、雑用ロボットに今までコロが入ってきた犬小屋を処分させた。それから、少し広くなった庭で、私は設計図通りに板に目印の線を、鉛筆で引き始めた。

 

 しかし、なにぶん何もかもが初めてづくしの試みである。板を切るために鋸(のこ)を引くのも上手くできず、いつの間にか斜めになっていく。金槌で釘を打つのにも、誤って自分の指まで打ってしまう。

 

 さらに、途中で打ち損じて真ん中からぐにゃりと曲がってしまった釘を抜こうと散らかしていたバールを持ち上げた時、鼻先に微かに冷たいものが当たったのが分かった。

 

 私は、空を見上げて顔を歪ませた。いつの間にか、空は濃い灰色の厚い雲に覆われており、今はまだ微細な水滴が落ちてきているにすぎなかったが、いつ本降りになるか分からなかった。

 

 しかし、古い犬小屋は捨ててしまったので、早く作ってやらないと、コロを吹きっ晒しの中で野宿させることになってしまう。天気予報を確認しておくんだった、合羽も用意しておくんだった、と後悔しながら、雑用ロボットに傘を持たせ、不器用ながら黙々と犬小屋を作り続けた。雨が降ったのなら雑用ロボットに作らせればよいではないかと思われるかもしれないが、私の雑用ロボットには、家電の修理や壊れた棚の修理をする機能は付いていても、日曜大工の機能は付いていないのだ。どこが違うと問うなかれ。直すのと一から作るのは、ロボットにとっては全く違った行為なのだ。

 

 もっとも、ネットを通じて雑用ロボットに新しい機能を付与してやればいいだけの話ではあるのだが。

 

 そんなことはさておいて、悪戦苦闘の末に不格好ながらも犬小屋が出来上がった時、太陽は西に沈もうとしていた。幸いなことに、天気は崩れることもなく、それどころか稜線に沈む夕日がく切りと見える程度まで、回復していた。

 

 私は、真っ赤に染まる夕日を見ながらほっと息をついた。それと同時に、自分の中に、これまで感じたことのない充実感が満ち溢れていることに気付いた。それは、毎日、ただ遊び呆けて、与えられる娯楽に浸っているだけでは、到底得られない満足感だった。

 

*   *   *

 

 翌日から、私の生活は一変した。いや、生活そのものが変化したのではない。変わったのは、私の主観である。目から鱗≪うろこ≫が落ちるというのは、こういうのを言うのだろう。

 

 そして、それはやはり、自分自身に大きな変化が生じたとも言えるのかもしれない。私自身には実感はなかったのだが。

 

  毎日のように用意された食事をし、与えられるコンテンツを楽しみ、与えられた平等に満足する。そんな満ち足りていると思い続けていた日々。しかし、それは実は、単調で退屈な日々でしかなかったことに、今更ながら気が付いてしまったのである。

 

 私は、ネットを通じて問いかけ、呼びかけた。その結果、私と同じように、今の満ち足りた生活を退屈と感じている者も多くいることを知ったのである。

 

 

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