満ち足りない生活【1】


 それはどのくらい先かは分からないが、決して遠くはない近未来――。工業技術の発展によって、この国は新たな形で、本当の意味での平和と繁栄を謳歌していた。その礎になったのは、この国が誇るロボット技術である。

 

 今やロボットたちは、ありとあらゆるところに配備されている。

 

 ロボットの労働者。

 

 ロボットの事務員。

 

 ロボットの農民。

 

 ロボットの設計技術者。

 

 ロボットのアニメーター。

 

 ロボットの警察官。

 

 ロボットの……。

 

 今や、1次産業から3次産業に至る全ての業種で、人間の労働者は存在しない。頭脳労働者にも人間は存在しない。金という概念すらもはや存在しない。ロボットはロボットが作る。メンテナンスもロボットがする。そして、ロボットは、人間のためだけにひたすら働き続ける。ロボットが生み出した富は、等しく人間に還元された。

 

 軍隊も全てロボットである。100万体のロボット兵団と、その兵団が操る最新鋭兵器を有するこの国を、攻めてこようなどという国は、世界のどこを探しても存在しなかった。

 

 もちろん、統治機構も全てが、マザーと呼ばれる最新鋭のスーパーコンピューターによる綿密なシミュレーションによって運営されていて、人間の利権争いが入り込む余地はない。この国の頭脳たるスーパーコンピューターが導き出した政策に間違いはなく、この国の人々は完全なる平等を、有史以来、初めて手に入れたのである。

 

*   *   *

 

 マザーのシミュレーションは完璧だった。人口は増やし過ぎず減らし過ぎず、富は持ち過ぎず少な過ぎず。安全はガードロボと、国中に張り巡らされた監視装置によって保障され、人々は苦役からの解放を手に入れた。

 

 人々は安心して夜中でも出歩けるし、働かなくても当たり前のように3度の食事を口にし、徹底管理され平等に分配された土地に建てられた一軒家の猫の額ほどの庭でガーデニングし、病気になったとしても無料のロボット医師に診察してもらえる。もちろん医療費は全て無料である。

 

 人々は、朝から晩まで遊び、飲んで食って、全ての時間を趣味と浪費に費やせるようになった。

 

 これこそまさしく本当の平和。

 

 これこそまさしく満ち足りた生活。

 

 これこそまさしく素晴らしい人生。

 

 私もまた、そんな生活に満足している1人だった。同時に、30歳になるまで、それが当たり前だと思ってきた。朝起きたら、一家に一台設置されている雑用ロボットが作る栄養の管理が完全になされた料理に舌づつみを打ち、パソコンに向かいアニメやドラマを無償でダウンロードし、気が向いたら犬を連れて散歩に行く。

 

 次の日も同じように食事をし、アニメに飽きたら散歩をする。気が向いたら、セックスの相手をネットで検索して家まで運んでもらう。セックスの相手は人間の相手よりも、娼婦ロボットの方が後腐れもなくてよほどいい。

 

 余談だが、私の家の雑用ロボットは、昔の漫画に出てくるような、いかにもロボット然としたもので、わざと駆動音も聞こえるようにしたものだが、人によっては、完全な人間型を希望する者も多いという。しかも、それを希望する者は、大抵、異性モデルを希望するそうだ。しかし、雑用ロボットに、やろうと思えば可能だが性交渉の機能を付与するのは禁じられている。雑用ロボットは、人間生活のあらゆる場面で活躍し、人間の愚痴も黙って――ときによっては慰めてくれる素晴らしい“疑似的な家族”ではあるが、“擬似的な夫婦”になってはいけないというのがその理由である。

 

 マザーといえども、何でもかんでも許してくれているわけではないが、私は特に不満を感じているわけではなかった。毎日がルーチンワークにも似た、与えられた楽しみを消費する繰り返しで、それが当然だと思っていた。

 

*   *   *

 

 ある日の朝、私は庭を見てふと気がついた。

 

 お隣さんはガーデニングが趣味の人だが、私にそんな趣味はなく、庭の手入れも雑用ロボットに任せていた。狭い庭の、さらに片隅には小さな小さな花壇があり、名前を知らない花が数本綺麗に咲いている。そしてその前には、私の飼い犬である柴犬のコロの犬小屋がある。鎖につながれたコロは、ちょこんと座り、前足で頬を掻いていた。

 

 

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