ニセモノ【6(最終)】


 その間に刀剣商の伊助の耳にも、浪士隊の話は色々と聞こえてきたものの、その噂はあまりかんばしい物ではなかった。腕に覚えのあるものは誰かれ構わず参加を許す、としているために、博徒が手下を引きつれて参加していたり、素性に難がある者も大勢加わっているという話である。もちろん、そんな話を近藤の前でする気はなかったものの、これからひと騒動もふた騒動もありそうだと不安を覚えても不思議のないこと。

 

 しかし、刀を取りに来た近藤からは、刀を楽しみにした嬉々とした印象しか受けることができなかった。

 

「お忙しいところ、御足労いただきありがとうございます」

 

「うむ。刀の用意が出来たと聞いて、いてもたってもおられずに、取るものも取らずに駆けつけた次第」

 

 前回来た時と同じ部屋で、近藤は待ちきれないという態度を隠しもせず、挨拶もそこそこに刀を見せるように伊助に催促した。

 

「方々を探し回ってようやく手に入れた、長曽根虎徹の一振りでございます。2尺3寸と5分(約71.2cm)のこの刀は、まさしく近藤様が持つに相応しい逸品でございます」

 

 台の上に布を敷いて、その上に柄や鍔、鞘といった刀装一式が取りらわれ、刀身のみが置かれていた。その台を、伊助は近藤の前に置いた。

 

 もちろんそんなのは真っ赤な嘘。しかし、名工・源清麿の業物に、偽銘を切る達人・鍛冶平が銘を切った至高の一振りである。ある意味、虎徹よりも価値ある刀といえた。

 

「これは……」

 

 刀を見た近藤は目を見開き、驚いたような声を上げて、しばらく次の言葉が出てこないという感じだった。

 

 伊助はそれを聞いて、偽物と気付かれたわけではないと思った。近藤が挙げた声は、まさしく番頭や鍛冶平が初めてこの刀を見た時に上げた、いや、それ以上に心底感嘆したような声だったからだ。

 

「素晴らしい! これが長曽根虎徹か! これは間違いなく……斬れる!」

 

「はい。刻まれた銘をご確認ください」

 

 うんうん、と目を細めて子供のように嬉しそうにしている近藤を見ていると、伊助もまた自然と目尻が下がっていくのを覚えた。

 

「しかし、これほどの名刀を、本当に30両でよいのか?」

 

「もちろんでございます。この刀が手に入ったのは本当に偶然のことでございました。きっと近藤様の手に渡るべき運命だったのでございましょう」

 

 最後に少しばかりのおべんちゃらを追加して、伊助は深く平伏した。

 

 平伏しながら伊助は心の中で付け加えた。

 

 ……近藤様。その刀は“本物”の虎徹ではございません。しかし、刀身は紛れもなく一級品。偽の銘を切った者も、紛れもなく一級品でございます。近藤様自身が一級品であれば、きっとその“偽物”の虎徹は“本物”になってくれることでございましょう。

 

 

*   *   *

 

 

 近藤が帰った後の座敷には刀が無くなり、近藤が置いた和紙にくるまれた30両の小判が残された。

 

「近藤様はお帰りになられました」

 

 伊助は番頭から声をかけられるまでのしばらくの間、少し放心していたようであった。

 

「左様ですか……」

 

 言いながら、小判の包みを取り上げ、番頭にしまっておくように命じ、番頭はそれを一礼して受け取った。

 

「しかし、目の利かない客でございましたね」

 

 番頭が伊助に声をかけてきた。

 

「まぁ、ああいう客がいるから刀剣商が儲かるというものですが」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

 揶揄するような番頭の物言いに対して、伊助は静かにそう言った。

 

「近藤様は、一番大切な所はしっかりと見ていらっしゃいましたよ。刀にとっては、斬れることが何よりも一番大事でしょう?」

 

「……そうでしょうか? 旦那様は、少々あの近藤という人物を過大評価しているのではございませんか?」

 

「さて……そうかもしれませんね」

 

 目が利かなったのは、伊助だったのか、番頭だったのか。それは、今この時点ではお互いに分かりかねることである。

 

「まぁ、そういうことですから、再び近藤様の名を聞く日を楽しみにしておきましょう」

 

 そう言うと、伊助はすっかり冷めてしまったお茶が入った湯呑を口に運び、その渋い不味さに思わず顔をしかめ、仕事にもどる番頭に小僧に新しいお茶を淹れてくるように言伝させた。

 

 刀剣商は今日も大賑わいであった。人物はさておき、刀を買い求める者は、次から次へとやってくるのである。

 

 

*   *   *

 

 

 ふた月後の文久3年2月27日。近藤をはじめとした天然理心流の門弟を含めた200余名の浪士組は江戸を発った。偽物の虎徹を腰に下げ、意気揚揚と京へと向かうこの男が、後に新撰組局長・近藤勇として、混乱する京の治安を担う存在になろうとは、この時は誰も知る由はなかったのである。

 

 

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