ニセモノ【5】


「長曽根虎徹をお願いしたいのです」

 

「ほう。虎徹かい」

 

 鍛冶平はにやりと笑う。虎徹の銘は鍛冶平の最も得意とすることは伊助もよく知っていたので、その笑みも納得というところだ。

 

「この刀に切ってほしいのですよ」

 

「ほう……」

 

 伊助が持参した刀袋を渡すと、鍛冶平は慎重な手つきで刀袋から刀を取り出し、鞘から刀身を引き抜くと、相模屋で番頭がそうしたように光を当てながらじっくりと観察した。

 

「……これは、清麿だな。素晴らしい。名刀だ」

 

 鍛冶平もまた、感嘆の声を上げた。

 

「これに虎徹の銘を切って、家綱公の時代の刀に見えるように仕上げてほしい」

 

「おいおい。何て勿体ねぇこと言いやがる」

 

 鍛冶平は、そう言いながら鞘に納めた。

 

 ちなみに、家綱公とは4代将軍のこと。幕府の基盤を確固たるものにするため戦国の名残を残した武力に頼る政治(武断政治)に一つの区切りがつき、文治政治に方針を転換した時期の将軍である。大規模な騒乱が起きる世の中ではなくなったことを誰もが実感し“刀”というものの価値が大きく変わった時代でもある。

 

「ま、旦那の依頼とあれば引き受けないわけにもいかねぇや。で、一体どこのお旗本からの依頼だい?」

 

「いや、多摩の田舎の小道場の主の依頼でな」

 

「なんだとぉ!」

 

 伊助の返答を聞いた鍛冶平は目をむいて、

 

「冗談じゃねぇ!」

 

 不快さを顔いっぱいに広げて吐き捨てるように怒鳴ると立ち上がった。

 

「旦那の頼みなら、多少の事は引き受けるがね。そんな田舎者に売りつける刀の偽銘を俺に切れっていうのかい? 俺が銘を切るってことは、価値のない刀を、例えば虎徹と同じ価値を持たせるってことだ。何の価値もないもんが、俺の手で価値のあるものに生まれ変わるってことだ。だから、俺が銘を切った刀を持つ人間にも、同等の“格”を求めてぇんだよ。……なぁ旦那。俺のこの腕を、屑刀の値の桁を一つ増やす材料くらいにしか思っていねぇっていうのなら、もう金輪際、旦那の仕事は出来ねぇよ。これは、俺の美学で、哲学で、意地ってもんだ。それを分かってもらえない相手とは仕事は出来ねぇ」

 

 そう言うと、ぎっちりと両腕を組んで、ぷいっと横を向いてしまった。

 

 正直、鍛冶平の美学は、伊助には分かりかねるものではあった。分かりかねるものではあったが、引き受けてもらわなければ刀を近藤に渡すことができない。

 

「お願いいたします。細田殿」

 

 伊助は両手をついて深々と頭を下げた。

 

「お、おいおい、よしてくれよ」

 

 伊助は、理屈で相手を説き伏せるよりも、時には正直に何もかも包み隠さずに伝える方がうまくいくこともあることを知っていた。そして、鍛冶平の困って慌てふためいた反応をみたところ、どうやら今回は正直に話す方がいい結果が出る場合のようだった。

 

「どうやら、よっぽど大事な客のようだな。常連なのかい?」

 

「いえ、この間初めて会った客ですよ」

 

「分からないねぇ。そんな客相手に、旦那が何でそこまでしなけりゃならねぇ?」

 

 呆れたような口調で問う鍛冶平に、伊助は、先ほど会ったばかりの近藤について、詳しく語って聞かせた。

 

「これは、私の目利きなんですよ。私も刀剣商を長くやっているから人を見る目はついた気がするよ。私はね。あの男が、近い将来、私らには及びもつかぬほどの大人物になるような気がするんだ。私は、そんな男の為に、最高の一振りを用意してやりたいのさ」

 

 鍛冶平は腕を組み、天井を見上げてじっと考えていたが、やがてぶっきらぼうに「数日、時間を貰うそ」と言った。了承したようでほっと胸をなでおろした伊助に、鍛冶平はこうも続けた。

 

「人の目利きは難しいぞ。どんだけ人を見たって、これだ、って決め手はどこにもないもんだからな。それに大人物になったとしても、それはとんでもねぇ大悪党になる方に、その才能を伸ばしてしまうかもしれねぇ」

 

 その代表が鍛冶平に他ならない、と伊助は内心で思った。

 

 

*   *   *

 

 

 次に近藤が相模屋を訪れたのは年の瀬も近付いたころだった。近藤も、浪士隊に加わる準備で大忙しだったはずだが、あまりすぐに「ご希望の品が手に入りましたので、近いうちに来店ください」などと連絡を入れたら、偽物と疑われてしまうかもしれないと思い、少し間を開けて連絡したのだった。

 

 

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