ニセモノ【4】


 伊助の目の前で番頭は刀袋を開き、刀を取り出した。番頭はすっと鞘から引き抜き、切っ先を、刃先を、反りを、それぞれ確かめ、「素晴らしい」と感嘆の声を上げた。その様子を見た伊助は満足してうなずいた。この刀は、この番頭のような普段から刀を見慣れている者でさえもなかなか目にすることのない名刀なのだから、このくらいは驚いてもらわないと張り合いがないというものである。

 

 まさしく、虎徹に勝るとも劣らぬ逸品といっても差し支えはなかったのだが、伊助はこの刀には重大な欠点があることを知っていた。番頭も、すぐにその事実に気付いたようだった。

 

 そう、この刀はまだまだ新しすぎたのである。

 

「この刀は源清麿ですよ。先日とある縁で手に入れたものだったのですが、あまりに素晴らしかったので、相応の御仁に持っていただきたいと思って、取っておいたのですよ」

 

「これが清麿でございますか……」

 

 源清麿は8年ほど前に自殺した名刀工である。生前は四谷に住居を構えていたので四谷正宗の異名を取るほどだった。まだまだ42歳という年齢だったので、その死は非常に惜しまれた。ちなみに、正宗とは鎌倉時代の終わりごろから室町時代の初めごろにかけて活躍した刀工で、日本刀の代名詞とさえ言われる人物である。

 

 源清麿の評価が虎徹と肩を並べるにはまだまだ100年以上はかかるのだろうが、逆に言えばそれなりの値で手に入るということでもある。少なくとも虎徹と比べれば数分の1以下であろう。

 

 それでも、刀としての出来自体は甲乙つけ難し。そんな逸品同士が、同じ値にならないところが刀剣商という世界なのである。

 

 近藤という人物は仮にも一流を担う人物。それなりに剣客の差料を拝見する機会もあると思われるので、これを直接渡せばあっという間にバレてしまうのは明白であろう。いくらなんでも虎徹のような古色蒼然とした刀と数年前に死んだ人間が打った真新しい刀の区別がつかないようでは、それこそ見込み違い。伊助の目が利かぬと言われても仕方ないというものだ。

 

 蔵を出た伊助は、

 

「ちょっと、あの男の所に行ってまいりますので、お店の方はしばらくお願いしますよ」

 蔵に鍵をかけている番頭にことづけて、再び外出の準備をするために庭を横切っていった。

 

 

*   *   *

 

 

 いつの間にか太陽が西に傾きはじめていたため、伊助の足は自然に速くなっていた。伊助が向かったのは湯島天神下の細田平次郎直光(ほそだへいじろうなおみつ)という男の仕事場であった。この男は鍛冶平という異名をとった優秀な刀工だというのに、偽銘を切って無銘の刀を名刀に見せかけて高値で売り払っては荒稼ぎしているような男でもあった。伊助が仲介したこともあったし、他の刀剣商も同様に鍛冶平に仕事を持っていっては、金持ちの商人や旗本に売りつけていたのだった。

 

 伊助は到着すると仕事中だからと奥座敷に通され、一刻(約2時間)ほど待たされる羽目になった。

 

 その間、腕組みをして思案していたのは、どうやって鍛冶平を説得しようかということであった。というのも、この鍛冶平という男、普段は愛想もよく、調子のいい男なのではあるが、少々気難しい所があり、へそを曲げたらなかなか折れてくれないという面倒な面も持ち合わせていたからである。

 

 散々待たせられた後、座敷に赤く焼けた顔の中年男が入ってきた。その顔は日焼けしたものではなく、鍛冶場で刀を打つときに使われる高温の炎に焼かれてできたものである。

 

「また、お願いにまいりました」

 

 伊助は小さく頭を下げた。

 

「今度は誰の偽刀を仕立てるつもりだい?」

 

 この鍛冶平も普段は愛嬌のある顔をした酒好きの中年男だが、鍛冶場でのこの男は職人気質の、一切の妥協のない仕事をする男である。刀剣に関する研究にも余念がなく目利きに関しても一級品。そんな男が、偽銘を切って偽の名刀を仕立てる名人なのだから、不思議なものである。

 

 

 

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