ニセモノ【3】


「なるほど」

 

 この浪士隊は、庄内藩士の清河八郎の建白によるものであった。江戸の無頼漢たちを集め、上洛する将軍・家茂公の前衛として京に乗り込もうという、奇想天外というべきか、卑しくも将軍警護をそのような輩に委ねるなど正気の沙汰かと呆れるべきか――という突飛なアイディアだったが、京での尊王攘夷派の志士達の狼藉に手を焼いていた幕府はこれを採用することにしたのだった。ところが、この清河八郎という男はとんだ奸物で意図するところは別にあり、幕府は一杯食わされることになるのはまた別の話である。

 

 それはさておき、これがくすぶっていた男にとって、千載一遇の好機と映ったのは当然のことであろう。目を輝かせ、身ぶり手ぶりを交えながら大望を語る近藤に、伊助も何とかしてやりたいと思うようになっていった。

 

「どころで、近藤様はどのような刀を御所望ですかな」

 

「うむ。出来れば長曽根虎徹を手に入れたいのだが」

 

 長曽根虎徹は江戸時代の初めごろの刀工で、もとは甲冑師でありながら、50歳を過ぎてから刀工に転身した異色の人物である。そのために、遺作には兜や甲冑、籠手なども残っている。作刀をしていた期間は明暦2年(1656年)から延宝5年(1677年)ごろと言われるので、僅か20年ほどの期間である。

 

 生前から非常に人気があった虎徹の作刀は、その刀身の美しさもさることながら斬れ味に優れていたことから、今や侍にとっては垂涎の的となっていた。そのために、大名や直参といえどもなかなか手に入らない代物であった。いつしか贋作が非常に多く造られ出回るようになり、虎徹を見たら偽物と思え、と言われるほどであった。当然、そう易々と手に入るような代物ではない。

 

 虎徹……とは。伊助は顔にこそ出さなかったものの、さすがに困り果ててしまい、額に浮きだした汗を、そっと手拭いで拭きとった。

 

「失礼ながら、ご予算はどの程度でございましょう?」

 

「30両ではいかがでござろう?」

 

 伊助に向かって片手を広げた近藤は尋ね返す。伊助の額からさらに汗が吹き出した。もしも、本物の虎徹であったならば、その倍や三倍……いや、下手をすれば十倍を出してでも買うものはいるだろう。

 

 それを30両とは……。

 

 しかし、結局のところ伊助は、

 

「分かりました。何とか致しましょう」

 

 と、胸を叩いて、近藤の無謀な依頼を引き受けることにしたのだった。

 

 

*   *   *

 

 

「虎徹を、30両で……ございますか?」

 

 近藤が帰った後、同じ部屋に番頭を招き入れ、先ほど近藤から受けた依頼を話して聞かせると、番頭は嘲るような声を上げた。それは、おそらく近藤という男の無知に対してだろう。

 

「どういたしますか? 無銘の刀に銘を切って渡してやりますか?」

 

 番頭がそう問うのに、伊助は即答せず小さく息を吐き出した。

 

 所詮、刀剣商の世界とは偽物を掴ませたとしても、掴まされたとしても、目が利かぬ方が悪いと言われる世界である。

 

 しかし、

 

「いえ、私はあの御仁に、そんな真似をしたくないのですよ」

 

「まさか、本当に虎徹を探し出してくるつもりございますか?」

 

 番頭が驚いたように声を上げたが、

 

「それが出来っこないことは番頭さんだって分かっているではありませんか」

 

 伊助は苦笑混じりに答えた。

 

 しかし、伊助はおもむろに立ち上がり番頭についてくるように促した。小僧に履物を用意させると、手入れの生き届いた小さな庭を横切ったところにある蔵に向かう。番頭に鍵を開けさせてその中に入ると、売り物とは別に置かれた一つの葛籠(つづら)があった。伊助がおもむろに蓋を持ち上げると、その中には刀袋に入れられた刀が一振りしまわれていた。

 

「これは……?」

 

「この刀を、近藤様にお譲りしようと思っているのですよ」

 

 

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