ナンバー【2】


 

 別に、彼女と知り合いというわけでも、顔を知っていたわけでもなかった。彼女の方も、それは同様で、驚いた沢見の顔を見て怪訝そうな顔をした。

 

「すいません。失礼」

 

 沢見はもごもごと謝罪の言葉を述べると、慌てて車両の扉を開いて、冷房がきいた車内へと入って行った。

 

 車両の中に入って、小さく一息をついた。

 

「……0っていうのは初めて見たな」

 

*     *     *

 

 実は、沢見は超能力者である。

 

 ……といっても、それが一体何の役に立つのか、沢見自身知らなかった。

 

 彼の能力とは、人の顔をみると、額に意味不明の数字が写って見える……それだけだった。

 

 その数字の意味は、沢見自身さえ知らなかった。

 

 成長するに従って、その数字が普通の人には見えないものだと気付いたが、気にしなければ気にしなければいいだけだし、事実すぐに気にならなくなった。

 

 別になんの害になるものでもないし、話題にしたこともある。面白い話題を持つ人だと言われることはあっても、気味が悪いと言われたことはなかった。この数字の意味を知りたいと、色々な人に意見を聞いてみたものの、何の共通点も見つけることは出来なかった。 

 

 この数字自体は、生まれた時から変化のないもののようだった。

 

 愛娘の額の数字は生れてからずっと“89”だし、妻も、会った時からずっと“77”だった。

 

 もちろん、その数字は今も見えていて、先ほどホームですれ違った2人の駅員のうち、若い駅員は“42”。年配の駅員は“73”。列車に乗るときに会った赤ちゃんを抱いた若い母親は“24”だった。

 

 自分の数字も知っている。鏡にうつした人間の額にも、同じように写るからだ。しかし、写真や、ビデオの中の自分や他人の額にこの不思議な数字は浮いていなかった。テレビ画面の中で、笑顔を振りまくアイドルにも、ドラマの俳優にも、お笑いの芸人の額にも何もなかった。

 

 その数字は大抵2桁でたまに3桁の人もいたけれど、1桁の人――ましてや0の人を見るのは初めてだった。

 

 なぜか妙な不安に襲われつつ、沢見は座席に腰掛けた。

 

*     *     *

 

 やがて、再び列車は走り出した。

 

 雨足は衰えることを知らず、静かな車内に、空調と、打ち付ける雨の音だけが響いた。

 

 沢見は、曇ってしまった窓を、手の甲でさっと拭いた。

 

 その時だった――。

 

 静かな車内の、ありとあらゆる物音を打ち払い、キャーッという、甲高い悲鳴が、2両編成の小さな車内に響き渡った。

 

*     *     *

 

 車両の中に15人ほどの乗客がいた。運転席のある1両目も、同じくらいだろう。

 

 沢見の乗った車両の全員が何事かと顔を上げた。沢見が乗っていた車両の後方から、車掌

が驚いたように出てきたのが見えた。小走りに、1両目に入っていく。

 

 手を貸した方がいいのかもしれない……半分は野次馬根性ながら、沢見も続いて車両を移動した。野次馬は沢見のほかにも何人かいた。

 

 先頭車両に入ると、悲鳴を上げているのは、初老の婦人だった。慌てふためいて、おたおたして「誰か助けて」と叫んでいる様は半狂乱としか言いようがなく声をかけづらい。1両目に乗っていた皆も、同じ心境だったのだろう、中腰になったり立ち上がったりして、その光景を見ているものの、具体的行動に移せる者はいないようだった。

 

 しかし、通路に倒れている、おそらく夫人と同じくらいの世代の男性をみて、状況はすぐに飲み込めた。

 

 おそらく彼は、この女性の旦那だ。

 

 男性は苦しそうに胸を押さえて呻いている。何度もせき込み、ピンク色の痰を何度も吐きだした。

 

 車掌は、男性の傍らにしゃがんで、一応の応急処置を始めた。

 

「手伝ってください」

 

 沢見は車掌に言われて、慌てて同じようにしゃがみこむ。

 

「ご主人に持病は?」

 

 車掌の問いかけに、夫人はぶんぶんと首を左右に振る。

 

 助けが来たことで、ようやく冷静に戻ってきたのか、悲鳴は収まっていた。

 

「急に苦しみだしたんです。普段は元気な人なのに……」

 

「年齢はおいくつですか?」

 

「56歳です」

 

「そうですか……起こしますよ」

 

 車掌は頷いてから、沢見に声をかける。

 

「仰向けにしておいた方がいいのでは」

 

 男性の背中に手を回しながら、沢見は聞き返した。

 

 

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