かけひき【4】


「はい……日本橋界隈に店舗を構える黒駒屋の八十助にございます」

 

「お前は、この者をよく知っているのか?」

 

「江戸の治安を守る者として、江戸の商人たちと交友を持つのも、重要なお役目と存じております」

 

 お役目を笠に着て商人たちから小銭をせびっていた小物の分際でよくもそのようなことが言えたものだと八十助は内心で呆れた。

 

「この八十助と、“遊び人の金さん”を引き合わせたのはお前か?」

 

「左様にございます」

 

 八十助は唾を飲み込んだ。いよいよ、その名が出てきた。遠山も切り札を出してきたということだ。

 

「八十助。お主は、“遊び人の金さん”を知っているか?」

 

「……桜吹雪の刺青をいれた“遊び人の金さん”なら存じております」

 

 禁じられている刺青のことを強調して答える。

 

「その“遊び人の金さん”が大国屋の間取り図を手に入れたことが分かった。その間取り図はお前の手に渡ったのではないか?」

 

「さて、私には与り知らぬことでございます」

 

 “遊び人の金さん”から受け取った間取り図は、押し入りを決行する前に焼き払っている。八十助の手に渡った証拠などどこにもない。

 

「そもそも、大国屋の間取り図の行方を知りたいのならば、その“遊び人の金さん”とやらを尋問すればよろしいではございませんか」

 

 今度は八十助が“遊び人の金さん”の呼び名を口にする。ピリリ、と空気が震えたように感じたのは八十助の錯覚だろうか。

 

「“遊び人の金さん”に聞いてみれば、私が、大国屋に押し入りをしようとしたかどうか、すぐにわかろうというものです」

 

 これは、お白州の場を借りた命懸けの茶番であった。“遊び人の金さん”が目の前にいることを八十助はよく知っている。その八十助の目の前にいる男が、自分を決して“遊び人の金さん”だと名乗れないことも分かっていた。

 

「“遊び人の金さん”をお白州の場に呼んでくだされば、全てがはっきりするのです。お奉行様は“遊び人の金さん”が私の共犯であったと言うのなら、この場にお呼びください。それとも……」

 

 一旦言葉を区切ってから、

 

「それともっ!」

 

 八十助はここが最高潮だとばかりに声を張り上げた。

 

 不意に歌舞伎の勧進帳の一番の山場である安宅の関で弁慶が義経を涙ながらに杖で打ち据える場面が思い起こされた。実のところ八十助は遠山とは敵同士だが、“遊び人の金さん”のことは今でもそんなに嫌いにはなれなかった。その“遊び人の金さん”を、殴りつけながら、自分は今心の中では泣いているのではないかと内心では思っていた。

 

 しかし、手を緩めるわけにはいかない。

 

「それとも、もうここに“遊び人の金さん”がいるとでも申されるのでございましょうか? 私の後ろに座っている者の中には、かつて過ちを犯し、墨を入れてしまった者もおりますが、あのような見事な桜吹雪を背負ったものはおりませぬ。いるというのなら……」

 

 八十助はせせら笑った。

 

「是非とももう一度、あの見事な桜吹雪を見せてもらいたいものですな」

 

 見せられるものなら見せてみろと八十助は叫びたい気持ちを抑えた。奉行の肩に刺青が彫ってあるなど、決して表に出せるはずがない。ましてや、今や刺青は禁止令によって禁じられているのだ。不祥事だの醜聞だのでは片づけられない事になる。

 

 同時に、“遊び人の金さん”の証言全てに信用がないことを、北町奉行・遠山影元自身の口で認めさせることにもなる。

 

 しかし、次に遠山が見せた表情は、八十助の予想もしていないものだった。小さく、ふっと笑ったのだ。

 

「そうか、そんなに見てえのかっ!」

 

 先ほどまでの穏やかな口調から一転、べらんでぇ口調になった遠山が立ち上がった。だんっ! と板敷の床を踏みつける音が響いた。その顔は町人の味方の優しいお奉行様のそれではない。江戸の治安を守るために命を懸ける奉行の顔だった。 

 

「二度も三度も見せるものじゃぁねえが、そんなに見てぇというのなら……季節外れなこの桜吹雪……」

 

 

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