かけひき【3】


 敵の顔をしっかりと見ようと、目の前に座敷に座った遠山を見据えたときに、さすがの八十助も「あっ」と声を上げかけた。見覚えのある顔だったからだ。袴姿の正装やしっかりと結られた髷は遊び人とは程遠いが間違いなくあの男だ。あの“遊び人の金さん”が確かに目の前にいた。

 

 やられた――!

 

 北町奉行所のイヌだと思っていた男が、まさか奉行本人だとは。これでは、どんな言い逃れも通用しない。

 

 いや……逆だ!

 

 八十助は、この場でどう戦うか、素早く計算を立てる。

 

 からからに乾いた喉に唾を流し込むと、「お奉行様!」と、遠山が何かを言うよりも早く声を張り上げた。

 

「お奉行様。私は、長年、材木問屋としてまっとうな商いを続けておりました。そのことは、これまでに、何度も御公儀の仕事を頂き、林野奉行様からも勘定奉行様からも、寺社奉行様からもお認めいただいているのでございます。それなのに、このように一介の町人風情と同じような扱いをされることに、私は納得いきませぬ」

 

「ここは、北町奉行所であり、寺社奉行や勘定奉行の管轄ではない。どのように裁くかは、この北町奉行の遠山が決めることである。何よりも、この場では、この遠山の許可なく、関係のないことを口にすることはまかりならぬ。ゆめゆめ、忘れぬように」

 

 穏やかな口調で釘を刺され、

 

「……失礼を申しました。気を付けます。ご無礼をお赦しください」

 

 慇懃に平服し、体勢を整える。どうやら、知り合いの幕府の要人の名を挙げて揺さぶりをかけるのは効果が薄そうだ。

 

 その間に、八十助たちの罪状の読み上げが始まった。ここで審議される罪は、大国屋の押し入り強盗未遂に対するもののようだ。ここを端緒に、黒火車による一連の強盗事件を暴いていくつもりなのだろう。ならば、この場で遠山を論破し、釈放させるより方法はない。

 

「――申し開くことはあるか?」

 

 遠山から釈明を求められた八十助は、口を開いた。

 

「はい。私たちは、材木問屋・黒駒屋の店主とその奉公人であり、黒火車などという盗賊団とは一切関わりはございませぬ。お奉行様は何か勘違いをして、我々を捉えられたのでございます」

 

「お主たちは、あの新月の夜、徒党を組んで大国屋の木戸口より入ろうとしたことをどのように申し開きをするか?」

 

「あの夜は、たまには奉公人たちに酒でも振る舞ってやろうと思い、町に出た帰りだったのでございます。少しばかり酔ったものがおり、間違って大国屋の木戸口を開けて――開けようとしてしまったのでございます」

 

「大国屋と黒駒屋では、方向が全く違うのに、何故、そのような場所にいたのか?」

 

「天下の公道をどこをどう通って帰るのか、それこそお奉行様にいちいちお伺いを立てなければならないことでございましょうか? あの夜は、たいして急いでいたわけでもないので、少しばかり大回りをしたのでございます」

 

「では、あの夜、お前たちはなぜ黒装束で行動していたのか?」

 

「ご老中様は、町人が華美な衣類を纏うことはまかりならぬと触れを出されました。私どもは一番華美ではない黒い服を着ていたにすぎませぬ。その布告をなされたのは、他ならぬ、お奉行様ではありませぬか!」

 

「なるほど……では、全てが偶然の産物だったと申すのだな?」

 

「左様にございます。全てはたまたまが重なっただけのことなのでございます」

 

 八十助は、遠山をしっかとにらみつけた。遠山の表情に変化はみられない。こうしているだけで体力が削り取られる。わずかばかりの言質も取られないようにと気持ちを引き締め直した。

 

「では、証人をここへ」

 

 お白州に一人の男が入ってくる。八十助に“遊び人の金さん”を引き合わせた同心だった。しかし、この同心は、八十助が黒火車の首領などということは知る由もない。何の証人にもなろうものではない。

 

「お前は、ここにいる男を知っているか?」

 

 遠山が同心に、八十助を指さしながら尋ねる。

 

 

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