かけひき【2】


 この男……確かに頭が切れた。その上人脈があるというのも本当だろう。次の押し入り先として狙っていた大国屋の屋敷の間取り図が欲しいといった八十助に、“遊び人の金さん”は任せろと胸を叩いた。

 

 それから二日ほどして、大国屋の屋敷の間取り図を用意してきた遊び人に、八十助は微かな疑念を感じた。どうやって、どんな伝手を使って、これを入手したというのか。もしも奉行のイヌや密偵だとすれば、これも罠の一つではあるまいかと疑った。

 

 しかし、八十助の脳裏にわずかに浮かんだ疑念は、この“遊び人の金さん”が見せた桜吹雪の刺青《いれずみ》が全て吹き払ってしまった。右肩から二の腕にかけて彫り込まれた、見事な桜吹雪だった。奉行の配下の役人が刺青など入れようはずもないし、奉行所のイヌに甘んじる程度の男でもない。

 

 それに、老中・水野忠邦が世に言う天保の改革を始めてから三年が経つ。逼迫する幕府財政を立て直すために、華美な祭礼や贅沢を次々と禁止にし、江戸の町は息苦しささえ漂うようになった。当然、江戸の町民からの評判はすこぶる悪い。そんな天保の改革の施策の多くに、江戸庶民の楽しみを奪うべきではないと公然と反対しているのが今の北町奉行・遠山景元である。将軍の覚えめでたい遠山だけは、水野忠邦も手を焼いているとの噂である。

 

 ただ江戸で流行だった刺青も禁止されたが、これに関しては遠山の進言であったと八十助は伝え聞いていた。

 

 天保の改革が始まったのと同じ頃に北町奉行に就任した遠山を、八十助は自分でも異常に感じるほどに嫌っていた。就任するや否や名奉行と江戸庶民が喝采して迎えたのが癇に障ったのだろうか。知行五百石の遠山家の者でありながら、今や町奉行の要職に就いた出世街道一直線の経歴を不快に思ったのだろうか。

 

 いや……いつか、その切れ者と名高い北町奉行と直接対決しなければならない場面が来ると、直感していたのではないかと、今この時を迎えると思うのである。自分を追い詰める者がいるとすれば、遠山以外にいないだろう……と。

 

 だから、遠山によって禁止させられた刺青を入れている男に、好感を持ったのかもしれない。結果的にそれが原因で、予想していた通りに遠山と直接対決をすることになってしまったのだが。

 

 とにかく、刺青を見た後の八十助は、様々な形で――“遊び人の金さん”を副長のようにして扱った。侵入経路、逃走経路、実行に移す日時――。全てにおいて“遊び人の金さん”に意見を求めた。

 

 いや、むしろ“遊び人の金さん”に、自分の意見が誘導されていたのではないかと、今更ながら八十助は考えていた。“遊び人の金さん”の考えは理路整然としていて、八十助を納得させるに十分だった。盗みに入るのに月明かりのない新月の晩以外の何時を狙うのかと問われれば、なるほどその通りとしか答えようがなかった。

 

 そして、晩秋の月のない新月の暗闇の中で――。

 

 大国屋を狙った黒火車の一団が木戸口に集まり、押し入りを決行しようとしたその時、待ち伏せをしていた北町奉行所の役人たちが文字通り踊りかかってきた。御用の声が響き渡り、隠されていた提灯の灯りが辺りを昼間のように照らす中、刺股や突棒で仲間たちが次々と抑え込まれていく。

 

 不意を突かれた八十助を筆頭にした八人の黒火車の一団は、抵抗らしい抵抗もできないままに、ほとんど時間もかからず全員捕縛された。

 

 そして、気が付くと“遊び人の金さん”の姿はどこにもなかった。そこでようやく、自らの見込み違いに気づいたのであった。

 

 それが、一月ほど前のことである。北町奉行所での厳しい取り調べに頑として耐え抜いた八十助は、白洲の場で、遠山の顔を初めて見ることになったのであった。秋が終わり、寒さの堪える季節に移っていた。

 

「北町奉行、遠山左衛門尉様、ご出座ぁー!」

 

 という大きく響き渡る声と、太鼓の音が轟いた。それを聞いて、八十助は気持ちを切り替えた。遠山影元との対決の第一幕は自分の敗北であったかもしれないが、これから始まる第二幕で必ずひっくり返してみせると、次の戦いを考えながら、ゆっくりと顔をあげた。

 

 

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