かけひき【1】


  両手をついて頭を垂れ、地面に敷き詰められた真っ白い化粧石を睨みつける男の姿があった。その後ろには、いかにもな風貌の男が七人同じようにして並んでいる。

 

 ここは、北町奉行所のお白州である。

 

 正面には公事場という奉行や与力たちが座る座敷が設けられている。与力どもの姿はあるが、奉行の姿はまだない。

 

 男は、ちらりと視線だけを左右に走らせる。白い砂利を敷き詰めた最下層にはこれから裁きを言い渡される囚人が座っている。

 

 特権を持った者――武士や僧侶、有力な商人といった者が座るための縁側があるのだが、この男はそちらに座ることは許されなかった。本来なら、自分だってそちらに座るはずだったのだ、と男は口惜しさのあまり、ぎりぎりと歯ぎしりをした。

 

 この男――黒駒屋八十助《くろこまややそすけ》といえば、日本橋界隈に店舗を構える、公儀とのつながりもあるそれなりに名の知られた材木問屋の主であった。しかし、その実の姿は江戸界隈を荒らしまわる盗賊団・黒火車の首領であった。そもそも、黒駒屋の身代《しんだい》だって、暴力と巧妙な手口を織り込みながら、二十五年前に乗っ取ったものだった。

 

 盗賊で奪った金と、表の顔で得た人脈とを使い、財産は膨大なものになっていた。蔵の中には中身の詰まった千両箱が百や二百では足りないほどにある。そろそろ盗賊稼業は辞め時だと、何年も前から思っていた。

 

 しかし辞めることはできなかった。目標を定め、入念に準備を整え、計画を実行に移し、予定通りに逃走する。完璧な“盗み”を成功させたときの爽快感は何物にも代えがたい。時として、家人に気付かれ皆殺しの畜生働きになってしまうこともあったが、それはそれで面白い。

 

 つまりは、盗賊という稼業を、金目的ではなく純粋に楽しんでいたのである。それが故に引き際を誤ってしまった。引き際を見誤った悪党の末路なんざ悲惨なだけよ、と言っていたかつて自分の盗賊の師匠である首領だった男の言葉を思い出す。

 

 自分はそうはならないと、その首領が火付盗賊改方(火盗)の連中に捕らえられた時に胸に誓ったものだった。八十助は決して頭の悪い男ではなかった。それは、二十五年前に奪った黒駒屋を、それ以前とは比べ物にならないほどに大きくした手腕を見れば明らかである。その金を使って、公儀の役人はおろか幕閣とさえ付き合いがあったし、鼻薬を嗅がせてある町方や火盗の役人も少なくなかった。そうやって常に情報を収集することを怠らず、自分たちに役人たちの手が伸びてきていないことを常に確認し続けていた。

 

 ……それが、結局はあの男のせいで……。

 

 慎重だったはすの自分が、なぜあの男に心を許してしまったか? 牢にいる間、何度も何度も己に対して問いかけた。

 

 あの男と自分を引き合わせたのは定期的に金を渡して情報を仕入れていた同心だった。

 

「世間では“遊び人の金次”とか“遊び人の金さん”とか呼ばれているちょっとした小悪党がいてな。これが頭が切れて腕が立ち、顔が広い。とにかく御法度の隙間をついて金を儲けるのが上手いんだが、旗本の三男坊という素性もあって、町方もなかなか手を出せない男なんだ。まぁ、知りあっておいても損のない男だろう」

 

 その同心は、もちろん八十助の本性を知っているわけではない。おそらくはその“遊び人の金さん”とやらが自分への橋渡しを頼んできたのだろうと思った。もしかしたら、今度は自分を罠に嵌める気かもしれないとも思った。そう思ったとき、むしろ愉快な気分にもなったのだ。どんな奴か会ってみようと……。

 

 思えば数々の計略を成功させてきたという余裕が、いつしか慢心となり、油断に変わってしまっていた。

 

 初めて会った“遊び人の金さん”は、四十がらみの着流し姿の男だった。あまり目立たない容貌の、ごく普通の町人姿の男だったが、不思議と印象に残る男だった。

 

 いや、遊び人の姿は本性を隠すための仮の姿。その裏側に隠された正体は、あの同心が言ったようなただの小悪党ではない。相当の場数を踏んだ悪党に相違ない。そう思わせるだけの雰囲気をまとった男だった。旗本くずれだという話だったが、普通に士官の口でも探していれば、それなりに出世できたかもしれない才覚を持った男だと感じた。

 

 

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