うつつよこそ夢まぼろし【8(最終】


 わたくしは、おいおいと泣きながら、話を終わらせました。今度こそ、これで、お話しできることは全てでございます。

 

「いや、まだ聞かねばならぬことは残っておる」

 

 と、椋木様はおっしゃいました。

 

「そなたらの亡骸がどこに捨てられたのか分からねば、供養することもできん」

 

 わたくしは、自分の死体がどこに捨てられたのか分かっておりませんでしたが、それは善吉さんがよく存じておりました。わたくしどもの亡骸は、江戸の外れの竹やぶの中に埋まっているそうでございます。

 

 善吉さんから詳しい話を聞いた椋木様は、しっかりと頷かれ、

 

「おぬしらの亡骸は、拙者が必ず見つけ、和尚に頼んで供養してもらうことを約束しよう。安心いたせ」

 

 椋木様は悪人やもしれませんが、この約束は信用しても良いものだと感じました。

 

 わたくしには、信用するよりほかはなかったのでございますが……。

 

 

*     *     *

 

 

 全てを話し終えたわたくしと善吉さんは、仏様の像に向かって手を合わせ、心の中で一心に、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」と、唱えておりました。

 

 和尚様が、わたくしどものために、読経をしてくださっているのです。木魚の音を聞きながら、これで現世ともお別れなのだとしみじみ感じておりました。

 

 少しずつ、気が遠くなっていくような気がいたします。まるで、現世《うつつよ》こそが、悪い夢であったかのように、父の顔、母の顔、幼き日の思い出もまた遠のいていくようでございます。

 

「げに恐ろしきは、人間の欲望なり。自らの欲のために、浮かばれぬ魂までも利用しようとは」

 

 読経が一旦止まった時、聞こえない程度のお声で、和尚様が呟きになったのか聞こえました。わたくしは、両手を合わせて祈りながら、心の中で「いいえ和尚さま。それは違います」と申しました。

 

 椋木様のお情けにおすがりできると思わばこそ、わたくしどもは心安らかに、後々のことに不安を感じることなく、冥土へと旅立てると云うものなのです。

 

 それが、悪心から出たものであろうと、良心から出たものであろうと、わたくしたちにとっては、選択の余地は何もないのでございますから。

 

 ただ最期に望むなら……。

 

 いえ、もはやこれ以上、何を望もうと云うのでしょう。ここまでしていただいて、さらに文句を云っては、贅沢と云うものでございます。

 

 ああ……温かく心地よい……。

 

 痛みも、恐れも、もはや何も感じませぬ。和尚様が読み上げてくださっているありがたいお経も、もはやわたくしの耳には届きません。

 

 これが、成仏と云うものなのでしょうか……。

 

《fin》

  

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