うつつよこそ夢まぼろし【7】


「無論だ。絶対に、約束いたそう」

 

 と云った椋木様のお言葉を、わたくしは信頼することにいたしました。そして、事件のあらましを語ることにしたのでございます。そう、この忌まわしい物語の全ての始まりは七年前、わたくしがまだ七里様のお屋敷で年季奉公をしていた時のことでございます。

 

「七年前、咲が突然、七里のお屋敷からお暇をいいわたされて戻ってきたのでございます。その時の咲は、憔悴しきっており、年季が明けたら祝言を挙げて夫婦になろうという約束はなかったことにしてくれと言い出したのでございます」

 

 話し始めたのは善吉さんでございます。あの時のことを思い出し、わたくしは再びこぼれそうになった涙を、着物の袖でそっと拭いました。

 

「どうやら咲は……七里のお屋敷で、何者かに手篭にされたにされたようでございました。しかも、腹の中には、その者の子を孕んでいたのでございます。私とて悩まなかったわけではございませんが、しかし、誰の子であろうと咲の子であることに変わりはありません。咲の子である以上、私の子も同然でございましょう。私は、咲とお腹の中の子と、三人一緒に家族となろうと云ったのでございます」

 

 わたくしはその時のことを思い出し、別の涙がこぼれてまいりました。人と云うのが、ここまで優しくなれるのかと、嬉しく、そして心辛く思ったのを覚えております。

 

「……その、吉太殿の父親は、もしや七里秀方か?」

 

 と、椋木様が問われましたので、わたくしは小さく首を左右に振り、否定いたしました。

 

「わたくしを手篭になさったのは……ご隠居様でございます」

 

 これは、亭主の善吉にさえ打ち明けていなかった事実でございます。

 

「にわかには信じられぬな。まさか、あの堅物が……」

 

 椋木様も、相当に驚かれていたようでしたが、それが事実でございます。

 

 自分を手篭にした者を庇うのも変な話かもしれませんが、ご隠居様は趣味は漢詩でございまして、晩年まで勉強をかかさぬ方でございました。家の中でも、日々、何事も万事遺漏(いろう)なく、かと云って奉公人の不始末に過剰に目くじらを立てることもなく、奉公人からも慕われておりました。二十年も前に伴侶を亡くしてずっと一人身を貫いておりましたので、魔が差した、としか云いようがないのでございましょう。事が終わった後に、何度も詫びておられました。

 

「わたくしが、子を孕んだことが分かり、わたくしは七里の御屋敷からお暇を出されましたが、口止め料として五十両もの大金が渡されました。その時一緒に、ご隠居様が書きつけを残して下さいました。それは、吉太が、ご隠居様の子であることを認知する内容だったのでございます」

 

 それを聞いた椋木様は、「なんて馬鹿なことを……」と呟かれました。

 

「そんなものを残せば、七里家のお家騒動の火種にもなりかねん。五十両も渡したのだ。それで充分だっただろうに」

 

 秀武様は秀武様なりの誠意を示して下さったのでございましょう。浅はかと云えば浅はかでございます。そして、そのようなものを受け取ってしまったわたくしも、浅はかだったのでございます。

 

 わたくしは色々な思いが胸の奥からせり上がり、わたくしはとうとう我慢できずにおいおいと泣き始めておりました。言葉にできなかったのはそのためでございます。

 

 その秀武様がお亡くなりになり、奥方様も亡くなられた三年前。秀方様はご配下の侍たちに命じ、わたくしたちが暮らす長屋を襲わせました。吉太を殺さなかったのは、彼らなりの良心であったのか、亡き秀武様への遠慮であったのかは分かりません。吉太を寅丸として養子にされた理由も分かりません。しかしながら、吉太は彼らの気まぐれの優しさによって命を救われたと云っても、過言ではないのでございましょう。

 

 

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