うつつよこそ夢まぼろし【6】


 先客は私の知っている顔だったからでございます。そこにいたのは、紛れもなくわたくしの亭主の善吉でございました。

 

「善吉さんよくぞ……」

 

 わたくしは、最後まで言葉を続けることができませんでした。風が吹き、わずかに視界がよくなると、善吉さんの姿がはっきり見えました。それを見たわたくしは、ぎょっと目をむきました。善吉さんの薄い灰色い着物の胸もとから胴にかけて、わたくしと同じように刀で斬られたときにできた赤黒い血の線がありました。わたくしと違い、やや丸顔のお優しいその顔は、無傷のままでございました。

 

 その姿を見て、すぐに気付いたのでございます。善吉さんも、わたくしと同じく、すでにこの世の人ではないのだと。

 

 善吉さんが手を伸ばしてきたので、わたくしは素直にその腕の中に収まりました。

 

 しばしの間、わたくしどもは声を押し殺して泣いておりましたが、その間、お武家さまも和尚様も横から口を挟むことなく、わたくしどもを見守って下さったのでございます。

 

 どのくらいそうしていたのか……やがて、わたくしどもは互いに並んでお武家さまと向かい合っておりました。

 

「まず、拙者も名乗っておかねば。拙者は、椋木左馬之助《むくのきさまのすけ》と申す。四十一石の貧乏旗本の三男坊。もっとも、若いころからの素行の悪さゆえに、勘当も同然の身ではあるがな」

 

 そうやって自己紹介をされて初めて、わたくしはお武家さまのお名前も知らなかったことに思い至ったのでございます。

 

「今では、市中の無頼漢とともに、強請《ゆす》り、集《たか》りを飯のタネにしておる。七里家にも、秀方殿がご病気の裏に何かしのお家騒動が転がっていると思い、近付いたのじゃ」

 

 それから椋木様は、ちらりとわたくしの横の和尚様に視線を走らせると、

 

「調べて行くにつれ、七年前に、期間が残っているにもかかわらず暇をいいわたされた奉公人の存在と、三年前に七里秀方が病に伏せる直前に養子として迎えられた四歳の少年。さらに、その元奉公人の行方を調べてみたが、どうしても見つけることができなかったのじゃ。

そこで、和尚に頼み、咲……つまりお主の霊を呼び出してもらうように依頼した。生きている人間ならばそうはいかぬが、成仏もできず彷徨うておる霊ならば可能とのことであったのでな。……企みは、上手くいったようじゃった」

 

 お武家さま――椋木様は、両手をついてぐっと頭をお下げになりました。

 

「七里の家への恨みは拙者が晴らして進ぜよう。お主らの亡骸も必ず見つけて供養することを約束しよう。寅丸――いや、吉太殿の将来も、わしが責任を持って、よきように計ろうてしんぜよう。如何であろう? あの時、何があったのか、教えてはくれぬか?」

 

 わたくしと善吉さんは顔を見合わせ、頷き合いました。

 

「分かりました」

 

 と返答したのは、善吉さんでした。

 

「このような身となってしまった今、望むのは吉太の幸せのみでございます。それさえ、保証していただけるのなら」

 

 善吉さんはわたくしの方にも目配せし、わたくしは言葉を引き継ぎました。

 

「わたくしも望みは吉太の幸福一つ。しかしながら、わたくしどもをこんな目に遭わせた七里の家に置いておくことなど、赦すことはできませぬ。秀方様はもとより、あの時わたくしどもを斬った侍も、その血を引いた全ての者たちにも、同じ目に遭わせてやらなければ、この恨みは未来永劫晴れませぬ。しかしながら、吉太を不憫な目に遭わせるわけにはいきませぬ」

 

 わたくしは、きっぱりと申し上げました。これだけは譲れませぬ。椋木様が、七里の家を骨までしゃぶりつくそうと知ったことではございませんが、そのとばっちりを、吉太が食うようなことになってはいけないのでございます。

 

 わたくしの心の中で燃え盛っていた憎しみの炎は、わたくしの吉太への愛情までは焼き尽くせなんだのでございます。どんなに苦しんでも、それだけは譲るわけにはいかぬのでございます。

 

 

5】へ  【目次】  【7】へ

 

▼あなたのクリックが創作の励みになります。▼



▼感想をいただけると更なる励みになります▼
 
『うつつよこそ夢まぼろし』の感想