うつつよこそ夢まぼろし【5】


 わたくしは、和尚様を、お武家さまを、そして吉太を、一人一人に目をやりましたが、誰ひとり笑ってはおりませぬ。

 

 笑っていたのはわたくし一人でございました。恥じらいを知る女が、人前でするような笑いでは到底ございませんでした。ただただわたくしは、気が触れたように声を上げて笑い続けておりました。

 

 いえ、本当に気が触れていたのなら、どんなによかったのでございましょう……。

 

「……今日はここまでにいたしましょう。時が経てば、気持ちも落ち着いてまいりましょう」

 

 和尚様がお武家さまにお伝えになられますと、お武家さまは渋々といった面持ちで、ご同意なされたのでございます。

 

 

*     *     *

 

 

 わたくしは死人でございます。俗に云う、幽霊でございます。その事実を受け入れられるまで、丸一日かかりました。

 

 秋の日の空はわたくしの心中などお構いなしに晴れ渡り、澄み切っております。わたくしは七里の御屋敷へと向かいました。

 

 床に伏せっている秀方様を枕元から見下ろしますと、わたくしは、お侍方に斬られた後のことを思い起こしておりました。なにぶん、あの時はわたくしは自分が死んでいるなどと思いもよらず、ただただ、息子の吉太を返していただきたい一心でございました。そんなわたくしを、秀方様は刀を振り回して追い回し、口汚く罵り、斬ろうとまでなさいましたので、なぜこんな仕打ちを受けねばならないのか、とさえ思ったものでございますが、それも当然のことでございましょう。

 

 そんなことを考えていると、秀方様が目を開かれました。

 

 あの頃のように、血走った眼で、わたくしに罵声を浴びせたりはなさいませんでした。ただ、怯えた目でわたくしを見ているのみでございます。微かに唇が動きましたが、どうやら今は言葉を話すことすら億劫なようでございましたので、わたくしは、何を云うでもなく、その場を後にしたのでございます。

 

 それから、わたくしは七里家の菩提寺へとやってまいりました。七里家の先祖代々の墓が、そこには建立されてございます。

 

「あなたが、あんな中途半端なことさえ……余計なことさえしなければ、わたくしたちは、このような目に遭うことはなかったのに……」

 

 そこで眠っている方に、わたくしは恨みがましく云うと、わたくしはその場を後にいたしました。

 

 実は、この時は秀方様に対しても、わたくしたちを斬ったお侍さま方にしても、誰も恨む気持ちはございませんでした。

 

 唐突に、胸の中から押さえきれないほどの恨みや憎しみが噴き出し、自分自身でさえもどうしようもなくなったのは、七里の家の菩提寺を出た直後でした。

 

 たまたま、父親に母親に、四歳くらいの幼子の三人が歩いているのを目にした瞬間でございました。父と母に片方ずつの手を握られ、満面の笑みを浮かべるその子が、在りし日のわたくしたち家族に重なったのでございます。

 

 本来ならばわたくしも、愛しい亭主と、可愛い我が子と共に、ああして楽しく暮らしていたはずなのでございます。それが一瞬で奪われ、ひたすら彷徨い続けた苦しみを、誰が分かると云うのでございましょうか。いいえ、分かっていただけるはずがございません。

 

 まるで、炎が燃え上がり、わたくしの心を焼き尽くさんとしているようにさえ思える苦しみが、わたくしに襲いかかってまいりました。 

 

 ただただ、恨めしく、憎らしく……。

 

 

*     *     *

 

 

 このお仏堂に入るのは三度目でございます。相変わらず香の煙で視界が霞んで見えます。今日は、吉太の姿はございませんでした。先日のように、お武家さま、和尚様が、先日と同じ場所に座っておられます。しかし、今日はもう一人、先客がございました。わたくしは、その顔を見て、「あっ!」と声を上げました。

 

 

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